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用語 : クラウドコンピューティング

クラウドコンピューティング
cloud computing




cloud computing インターネット上にグローバルに拡散したコンピューティングリソースを使って、ユーザーに情報サービスやアプリケーションサービスを提供するという、コンピュータ構成・利用に関するコンセプトのこと。米国では2006年ごろから、注目のキーワードとなっている。

 インターネットやTCP/IPネットワークは、しばしばクラウド(cloud =雲)と表現される。ここから、インターネット上の“どこか”にあるハードウェアリソース、ソフトウェアリソース、データリソースをユーザーがその所在や内部構造を意識することなく利用できる環境、ないしその利用スタイルを「クラウドコンピューティング」という。

 適切な方法で“雲”=インターネットに接続さえすれば、ユーザーは即座に各種のサービスが利用できるという点では、SaaS・ASPに近い。ただし、クラウドコンピューティングでは、特定のサーバファーム(データセンター)にリモートアクセスするというより、リソースの所在をユーザーに意識させないというニュアンスが強い。システムインフラの面でも、増加するリソース需要に対してハードウェアの高機能化で対処するのではなく、グリッドや仮想化によって相互に接続され、複数のコンピュータが一体化・抽象化した分散・並列型の巨大ネットワークを構築するイメージで語られることが多い。

 従来のコンピュータ・ネットワークにおいて、ネットワークは単にデータやメッセージが通過する経路であり、エンドノードである個々のコンピュータこそが計算や情報処理を行う主体であった。これに対してクラウドコンピューティングには、つかみどころのない“雲”化した巨大ネットワーク(インターネット)にあらゆるシステムリソースが集約され、それ自体がコンピュータとなるという、パラダイムシフトの意味が込められている。米国グーグルのCEO エリック・シュミット(Eric Schmidt)は、英エコノミスト誌の特別号「The World In 2007」(2006年11月発行)に「Don’t bet against the Internet.」という一文を寄せ、「われわれはクラウドコンピューティングの時代の中にいる。(中略)このネットワークは真にコンピュータとなるだろう」と述べている。

 クラウドコンピューティングは、システムインフラの複雑な構造をユーザーから隠ぺいする動きと見ることができるが、システムがブラックボックス化することは障害発生時の原因究明・復旧にマイナスだと懸念する声もある。

  1. 2008/04/13(日) 06:00:32|
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「マス⇒ネット」から「ネット⇒マス」へ

 昨年、都心にある大型マンションの広告計画にモバイル広告も追加された。実施後、モバイル広告配信者を対象に追跡調査を行ったところ、意外なことが判明した。

 1つめは、モバイル広告でこの物件を初めて知ったという人が少なくなかったことだ。2つめは、新聞を購読していた家庭では、モバイルで知った後に、その日届いていた折込チラシの中から該当物件のチラシを探し出して、詳しく見たという人が多かったということだ。

 一般に、マーケティング界で「クロスメディア手法」と言えば、生活者の「マスで知りネットで調べる」という行動を利用することを指すが、それとは反対方向の生活者行動が発見されたわけである。

 「詳細はネットで」ならぬ、「詳細は大画面のチラシで」である。

 この発見後、百貨店や自動車ディーラーなど普段からチラシを活用してエリアマーケティングを実施している企業が、モバイル広告も盛んに利用し始めている。

 マスメディアの方の中には、マス広告がネットへつなぐための道具になると心配する人がいるが、それは過ちだ。例えば新聞広告であれば、マス広告中、最も面積が大きいという武器がある。この武器を生かし、モバイルから流れてくる人たちの興味関心にきちんと応える努力をすべきだ。そうすれば、読者や広告関係者が媒体価値を再認識するだろう。

 新年度がスタートした。この「逆クロスメディア手法」をいち早く活用し、われわれをうならせる広告企画が登場することを期待したい。



スクロール 「逆クロスメディア手法」に期待
ディーツーコミュニケーションズ・藤田明久

  1. 2008/04/09(水) 06:00:30|
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【ウェブ時代 5つの定理】その5 大人の流儀

 ■若い世代への信頼と励まし

 創造性を育(はぐく)み、イノベーションを生むにはどうしたらよいかについて、新著「ウェブ時代 5つの定理」(文芸春秋刊)のエッセンスをご紹介しながら考えてきたが、今日が最終回である。

 第5定理は「大人の流儀」である。

 私たちは今、ウェブ時代とも言うべき未曾有の大変化の時代を生きている。インターネットは、特に若い世代の「時間」と「距離」と「無限」についての概念を揺さぶり、人々の世界感覚を進化させている。そんな「時代の大きな変わり目」においては、異なる価値観を持つ世代の間で軋轢(あつれき)が起こりやすくなる。しかし、世代間の不毛な対立ではなく、世代間の融合や相乗効果を追求しなければ、未来の創造は難しい。

 そのときにいちばん大切なのは、成熟した大人の側こそが若者たちに向け、心が萎(な)えるような言葉を浴びせるのではなく、前を向いて生きる希望を生み出すような素晴らしい言葉を発し続けることである。そのためには、新しい技術や新しい事象を前にして、何歳になっても前向きにそれを面白がる気持ちを持ち続けなければならない。そしてオプティミズムに満ちた未来志向のわくわくする言葉で、若者たちを勇気付け、鼓舞するのである。言葉の力を信じて、大人たち一人一人がそういう営みを続けていくことによってしか、創造的な社会は生まれないと私は思う。

 《君たちの時間は限られている。その時間を、他の誰かの人生を生きることで無駄遣いしてはいけない。ドグマにとらわれてはいけない。それでは他人の思考の結果とともに生きることになる。他人の意見の雑音で、自分の内なる声をかき消してはいけない。最も重要なことは、君たちの心や直感に従う勇気を持つことだ。心や直感は、君たちが本当になりたいことが何かを、もうとうの昔に知っているものだ。だからそれ以外のことはすべて二の次でいい》

 これは、2005年夏、スタンフォード大学の卒業生向け講演で(アップル創業者兼CEOの)スティーブ・ジョブズが行った名スピーチの一節である。

 《偉大な仕事をする唯一の方法は、あなたがすることを愛することだ。まだ見つかってないなら探し続けろ。落ち着いちゃいけない。まさに恋愛と同じで、見つかればすぐにそれとわかる。そして素晴らしい人間関係と同じで、年を重ねるごとにもっとよくなる。だから見つかるまで探し続けろ。探すのをやめてはいけない》

 これらの言葉を含むジョブズの講演内容がネット上で公開されるや、まずは全米で大反響を呼び、数々の翻訳とともに世界に広がり、世界中の若者たちからの熱狂的な支持を集めた。多くの人々が、こうした言葉をエネルギー源に、未知を楽しむ心を知らず知らずのうちに養っていき、そこから新しい創造が生まれるのだ。

 《私はただただ、20代そこそこで会社を始める才能のあるやつらの熱狂的なファンなのだ》

 これは、シリコンバレー随一の目利きベンチャー・キャピタリスト、マイケル・モリッツの言葉だ。まだ何者でもない若い才能に対する絶対的な信頼、熱に浮かされたような期待感がこの言葉にはよく表れている。

 どんな人も最初は何者でもない。グーグルの創業者も普通の大学院生だったし、ジョブズがアップルを始めるときに何の実績があっただろうか。「世界を変える」新しいものを作り出す人は、何者でもないところからいきなり出てくる。それをシリコンバレーの大人たちは皆、過去の経験から骨身にしみてわかっているから、若者たちとの接し方が他の地とは、特に日本とは明らかに違う。

 若者たちに志向性の追求と個性の発揮を奨励し、挑戦を促し、真摯(しんし)な失敗に対してはおおらかな態度で接していく。そんな成熟した「大人の流儀」がイノベーションを育む苗床(なえどこ)となるのだ。



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梅田望夫



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【ウェブ時代 5つの定理】その5 大人の流儀
  1. 2008/03/23(日) 06:00:43|
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【ウェブ時代 5つの定理】その4 グーグリネス 自発性に導かれた「時間」

 第4定理は「グーグリネス」である。グーグリネスとは、ウェブ時代をリードするグーグルという会社の気質やグーグルらしさを表す言葉だ。

 グーグルの経営・組織・文化における独自の論理は、ここまで取り上げた「アントレプレナーシップ」「チーム力」「技術者の眼(め)」が、高いレベルで統合された最新で最良の実例と言える。

 私はシリコンバレーで数多くの会社を見てきたが、その中でグーグルは、これまでの会社とは「種」が違うのではないかと思うほどの、突然変異とも言うべき「変な会社」である。

 こんな奇妙で不思議な会社は、かつて存在したことがない。そう断言できる。しかし、こういう会社がビジネス社会の中心に躍り出てきたことが、情報化社会たる現代の特質なのであろう。

 ≪いま、世界は(以前と)本当に違う。それは、君たち一人一人が世界中のどんなことについても「情報を得る力」を持ったからだ。私が学校に通っていたころと、本当にまったく違う世界だ≫

 これは数年前にグーグル創業者の一人、サーゲイ・ブリン(1973年生まれ)が高校生向けに行った講演での言葉である。80年代と比べて今が「本当にまったく違う」のは、誰もが「情報を得る力」を持ったからだと述べた。考え方の根底には、シリコンバレーに脈々と流れるリバタリアニズム(自由至上主義、第3回参照)がある。

 結果の平等を求めるのではなく、すべての人がすべての情報にあまねくアクセスできる環境を整備し、機会を均等に与えるという考え方が貫徹される。「世界中の情報を整理し尽くす」という同社のミッションは、すべてこのためにある。

 知識欲を「人間の最も基本的な要求」ととらえ、世界中の一人一人が「情報を得る力」を持ち、よりよい教育を受けてより賢くなれば、それが世界の知力・知性を高めることになる、ひいてはそれが「世界をより良い場所」(make the world a better place=第1回参照)にすることになる。これがグーグルの基本理念である。

 ≪1からすべて命令してほしいなら、海兵隊にいけばいい≫

 これはCEO(最高経営責任者)エリック・シュミットの言葉だが、グーグルが徹底的に重視するのは、自発性に導かれて使われる「時間」の価値だ。グーグルは、飛び切り優秀で積極的な人材を世界中からひたすら集め、自由度の高い仕事環境を用意する。これは、リナックスをはじめとするオープンソースの世界の成功から強く影響を受けた経営思想である。

 オープンソースとは、ソフトウエアのソースコード(人が記述したプログラムそのもの)をネット上に無償公開して、世界中の不特定多数の開発者が自由に参加できる環境を用意し、そのソフトウエアをさらに開発していく方式のことだ。

 オープンソースの世界では、経済的な取引という概念も、雇用関係を基盤とする組織的指示命令系統も存在しない。つまり他者に何かを強制する道具立てがまったくないのだ。にもかかわらず、参加者の自発性だけに委ねられて、大きな価値を生み続けている。インターネットが私たちに突きつけている現代の謎の一つである。

 19世紀から20世紀にかけての鉄道や自動車や飛行機の発明は「人間固有の肉体」の限界を大きく拡張し、私たちは「物理的距離」を人類史上初めて克服した。そしてインターネットと情報は、肉体ではなく頭脳の限界を大きく拡張するから、21世紀は「頭脳の拡張」の世紀となる。

 となれば、行き着く先は「時間」。「時間」だけが私たち一人一人に平等に与えられた貴重な資源だ。グーグルは「頭脳の拡張」の世紀のリーダーであるとともに、私たちが自発的に過ごす「時間」からしか創造的イノベーションは生まれない、という思想の信奉者なのである。

 グーグルはこのやり方を貫き、創業からわずか9年でトヨタ自動車の時価総額と肩を並べた。しかも、社員数はトヨタの約20分の1にすぎない。



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梅田望夫



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【ウェブ時代 5つの定理】その4 グーグリネス 自発性に導かれた「時間」

  1. 2008/03/22(土) 06:00:32|
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【ウェブ時代 5つの定理】その2 チーム力

「その道のプロ」の相乗効果

 創造性を生むための第2定理は「チーム力」である。どんな優れた人も1人では何もできない。自分にできないことができる人たち、自分にない能力を持った人たちと、どうチームを組んでいかに仕事をするか。ここに社会として組織として創造性を生むカギがある。

 ベンチャービジネスの成功というと、日本では、突出した力を持つカリスマ経営者によるワンマン支配といったイメージが強い。確かに、アップルのスティーブ・ジョブズ、マイクロソフトのビル・ゲイツなどを筆頭に、コンピューター業界をリードしてきたベンチャー創業者にはカリスマ的存在感を持つ人物が少なくない。個性的な創業者が会社の「顔」となり、大きな成功を収めた暁に、神格化されて語られる側面も事実ある。

 しかし、突出した一握りの天才だけがユニークな創造性を発揮して、革新的な技術や製品、新しいビジネスモデルをつくり出したわけではない。そこにあるのはワンマン主義ではなく、むしろ透徹したチーム力である。

 「強い力を持った個」同士がスポーツ感覚で戦略的にチームを組んで疾走するイメージ。異分野の「その道のプロ」が組むことで相乗効果をたたき出す世界だ。

 ≪Aクラスの人はAクラスの人と一緒に仕事をしたがる。Bクラスの人はCクラスの人を採用したがる≫

 この言葉をシリコンバレーでは格言としてよく耳にする。Aクラスの人は、自分を向上させたいと常に思っているから、自分より優れた人と一緒に働きたいと考えるが、Bクラスの人は実力に不安があるから自分よりも劣った人を採用してしまう、という意味である。チーム編成においてはAクラスの連鎖を作るべし。イノベーションを生むには、選りすぐりのチームを組成するところから始めなければならないという経験則が、この言葉の背後にある。

 日本のビジネス社会では、「チームワーク」という概念に「優秀な個」という前提が自動的には含まれていない。「メンバーの痛みを理解できる」「困っている他のメンバーを助ける」といった相互扶助の概念と紙一重になりがちだ。「守りの仕事」ならばそれでいいが、そのチーム発想からは「攻めの仕事」における爆発的な創造性は生まれにくい。

 ≪世界を変えるものも、常に小さく始まる。理想のプロジェクトチームは、会議もせず、ランチを取るだけで進んでいく。チームの人数は、ランチテーブルを囲めるだけに限るべきだ≫

 これは、サン・マイクロシステムズ共同創業者のビル・ジョイの言葉である。マイクロソフトもアップルもグーグルも、すべては数人のチームによる熱狂的な没頭から始まった。「世界を変える」イノベーションを生む一番大切なことは、資金でも設備でもなく、情熱を持ったわずか数人の力を結集して爆発させる「チーム力」にある。

 高いモチベーションを持続する少数精鋭からチームが成り立ち、目標を共有し、会社や作品の成長を目指し、チーム全員が同じ目標に向かって走る。その幸福感、高揚感から、創造性やイノベーションが生まれるのだ。

 「いい成績を取って、いい大学に行って、いい会社に入りなさい」という古い価値観のゴールにある「日本のいい会社」に入ることで、それができるのだろうか。「いいチーム」感覚で楽しく仕事をしていくことができるのだろうか。現代の日本の優秀な若者たちは、そんな懐疑の心を持っている。だから未来に閉塞(へいそく)感を感じるのだ。

 自分の志向性にぴったりとあった領域を発見し、そこで徹底的に自助努力をしてその道のプロになる。そしてAクラスのプロ同士がお互いに尊敬し信頼し認め合い、ケミストリー(相性)の合うメンバーで一体感をもち、チームでスポーツをするように一緒に仕事をする。そんな楽しい「仕事の世界」が日本にももっと増えてくるといい。

 こうした「チーム力」の文化を積極的に社会全体に育(はぐく)んでいくとき、一人一人の個に、今を生きるエネルギーがわいてくるのではなかろうか。



ウェブ時代 5つの定理  この言葉が未来を切り開く!ウェブ時代 5つの定理
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梅田望夫



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【ウェブ時代 5つの定理】その2 チーム力
  1. 2008/03/20(木) 06:00:45|
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【ウェブ時代 5つの定理】その1 アントレプレナーシップ

「世界をより良き場所に」

 人や組織、地域や国には、それぞれ長所があり、短所がある。私が住むシリコンバレーもその例外ではない。しかしこの地の、こと未来志向の「攻めの仕事」となったときの創造性の爆発的発露、無から有を生み出す発想力やフロンティア開拓の冒険心には、本当に目を瞠(みは)るものがある。その点に関してだけは、世界中のどの地にも存在しない不思議な力がここにはある。

 創造性を育(はぐく)み、イノベーションを生むにはどうしたらよいのか。「現代を生きる」とは。私たち誰もが、そんな難題に真剣に取り組まなければならないということだ。特に先進国では、創造性の発揮以外にサバイバルの術(すべ)はないのである。

 私は1994年にシリコンバレーに移住し、この地での生活も今年で足かけ15年になる。その間に、さまざまな人が発する「未来を切り開く言葉の数々」と出合い、この地にみなぎる創造性の秘密を垣間見てきた。

 社会や組織で創造性を生む秘訣(ひけつ)に5つの重要な要素があると気付き、新著「ウェブ時代 5つの定理」(文芸春秋刊)にまとめた。今日から5日間にわたり、そのエッセンスをご紹介したい。

 第1定理は「アントレプレナーシップ」(起業家精神)である。新しい物事に対する積極的意欲、リスクを引き受けて果敢に挑む姿勢、不確実な未来を楽しむ精神の持ちよう、飽くなき探究心や冒険心や没頭、変化を求める心、自分の頭で考え続ける力、始めたら徹底して勝つまでやりぬく気持ち、といった要素がこの言葉には含まれる。

 ではいったいなぜ、この地に「アントレプレナーシップ」がみなぎるのだろうか。

 ≪シリコンバレーの存在理由は「世界を変える」こと。「世界を良い方向へ変える」ことだ。そしてそれをやり遂げれば、経済的にも信じられないほどの成功が手にできる≫

 これはアップル創業者兼CEO(最高経営責任者)のスティーブ・ジョブズの言葉である。

 シリコンバレーのリーダーたちは「世界をより良き場所に」(make the world a better place)という気宇壮大な言葉をカジュアルに使う。新しいテクノロジーをより多くの人が利用することで、「より良き社会」を生み出せるという信念が根底にある。

 自分たちの努力で未来を「より良き場所」にしよう。そしてその進展に寄与する大事を成し遂げれば、経済的にも信じられない成功を伴ってよい。「善意で世の中をよくしよう」でも、「己の欲のために働こう」でもないこの独特の論理によって、シリコンバレーの爆発的な創造性は担保されてきたのである。

 日本にもかつて、松下幸之助の「水道哲学」という考え方があった。道端の水道の水を通行人が飲んでもとがめられないのは、量が多くて価格があまりにも安いから。自らの使命は、水道の水のごとく電化製品を安価に無尽蔵に、貧しい日本にあふれさせることだという考え方だった。

 シリコンバレーの「より良き」の一部には、間違いなくこの「水道哲学」的な要素がある。加えて、個人の可能性を広げることは善という考え方がある。「個人をエンパワー(力を付与)する道具を、世界中に広めることは絶対的な善である」という信仰にも近い考え方、それがこの地にはあふれている。

 「アントレプレナーシップ」を支える「常軌を逸した熱」は、「やりたいことをやる」という気持ちと、「社会をより良くしたい」という思いの組み合わせによって持続する。お金が最優先事項では長期にわたってそういう熱が持続しない。倫理性と経済性が融合したシリコンバレーのそんな独特の論理が、仕事の面白さを倍化させ、強い「働く意欲」の源になっている。

 米民主党の大統領候補指名を争うオバマ氏も「世界を変える」(change the world)という言葉を繰り返し発するが、リーダーによる熱のある素晴らしい言葉は、若者たちを鼓舞して奮い立たせる。社会のリーダーたちの言葉の重みは、日本社会が考える以上に大きいものなのである。



ウェブ時代 5つの定理  この言葉が未来を切り開く!ウェブ時代 5つの定理
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梅田望夫



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【ウェブ時代 5つの定理】その1 アントレプレナーシップ
  1. 2008/03/19(水) 06:00:36|
  2. 科学・技術
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学習の高速道路を抜けるとけもの道

梅田望夫氏と佐藤康光棋聖が語る
(2)学習の高速道路を抜けるとけもの道





 梅田 やはり、人間への関心というのは大切なことでしょう。特に、佐藤棋聖、羽生善治二冠(王座・王将)世代以降の棋士たちとお付き合いをしていていつも思うのですが、ここには、日本人の中でも極めて良質な人たちが集まっているという感じを持っています。ハイエンドのファンの方々は棋譜の芸術性、将棋の戦いに奥深さということになるんでしょうが、棋士のスター性に興味を覚えるファンもいる。例えば、歌舞伎でも、芝居の深いところまで全部分かっているファンだけに来てくださいということでは、お客さんが集められませんよね。将棋も一緒だと思う。

 佐藤 それから、ファンとの接点もそうですが、データベースが整備されたことが大きい。最近は、その日に指したものも見ることができますし、過去のものもそう。いまだと、30年分くらい、7万局弱くらいのデータベースが将棋連盟にもできたんですよ。

 昔は将棋を研究したり勉強するときに、自分の記憶だけが頼りだった。昔、こういう将棋があったんで、こういうのを調べてみようと。自分の記憶だけが頼りだったんですが、いまはパソコンで局面や人名などを指定すれば30年前の将棋でもすっと出てくるんです。そういう意味では、だれでも強くなる環境が整っている。

 羽生さんが「ITとネットの進化によって将棋の世界に起きた最大の変化は、将棋が強くなるための高速道路が一気にしかれたということだ」と述べられたと、梅田さんのご著書に書かれていましたが、僕らの修行の時代と比べても、勉強する環境が整いつつあると思います。

 梅田 「学習の高速道路」という表現は本当に面白くて、羽生さんから将棋の世界でそうなんですよと教えてもらって、ブログに書いた。そうしたら、たくさんの反応があって、どんな分野も同じですと。一番おもしろかったのが折り紙。

 佐藤 折り紙ですか?

 梅田 「折り紙の世界もまったく同じ高速道路ができているんです」と書いた人がいるんです。折り紙というのはもう、カブトとか鶴とか折っている場合ではなく、本気でやっている人は何でも折ってしまう。折り紙に対して創造性を発揮する人はたくさんいて、どうするとどういうものが折れるのかというのは日進月歩らしい。それで、折り紙の好きな人は、過去からの折り方を一気に高速道路で学んで、それでさらに、創造的な折り紙作品を作るんだと。

 佐藤 意外ですねそれは。しかし、今の時代、高速道路ができて勉強は早いが、そこから先は大渋滞ということが梅田さんのご著書に書かれていましたね。将棋界でもプロで上位を争うのはそこの世界。高速道路を進んで大渋滞をどう突き抜けるか、高速道路を途中で降りて「けもの道」を自分でどう切り開いてゆくか。

 梅田 将棋の質について言えば、トップ棋士の中でも、佐藤棋聖は「けもの道」というか、独自の道を模索されているように見え、そこが魅力的です。

 佐藤 棋士として、高速道路に乗って最新の型を模索するべきなのか、高速道路を抜けて自分の型を模索すべきなのか。その兼ね合いが難しいのですが、最近は、プロとしての個性を出したいという気持ちが強くなってきました。ぼくの場合、人と同じ事をやるのが嫌いなだけかもしれませんが。(笑い)

コンピューターVS棋士

 司会 よく、コンピューターが1億手を読むとしたら、佐藤棋聖は1億3手を読むといわれます。瞬時に最善の手を選ぶということだと思いますが。

 佐藤 もちろんそんなに読みません(笑)。今はコンピューターソフトが強いので話題になっています。コンピューターはしらみつぶしに読みますが、人間にはやっぱり、読まない強さというか大局観というのがありまして。その部分で勝る場合が多い。その背景にあるのは、いままで自分が勉強して培ってきたもので、感性というのですかね。コンピューターにはまだないものです。しかし、人間にはそういう部分があるんです。非常に人間的なところが。

 しかし、この前、渡辺(竜王)さんがコンピューターソフトと対戦して話題になりましたが、コンピューターは日々進化していて、これからも強くなるので、コンピューターソフトと人間の対決というのは注目される。

 渡辺さんが対戦したボナンザというソフトは、1秒間に最高で400万手読むらしいのですが、棋士の強さはミステリアスなところがある。つまり、どのくらい強いか、数値化できないのではっきりとは分からないということです。

 しかし、これからは、トップ棋士の強さが数値化されるというか、はっきりとしたものではないが、ある程度は位置づけられる時代が来るのかなという気がしています。

 ここからは、僕の勝手な推論なんですが、1秒間に最高で400万手読むボナンザは、渡辺竜王戦で、持ち時間2時間のうち1時間55分使った。渡辺さんは1時間ちょっと。ボナンザは結局、負けたわけですが、ボナンザが読んだ手は、単純計算すると400万×1時間55分で、276億手。僕の認識だと、渡辺竜王は、276億手以上読む人だなということになるわけですよ。

 梅田 捨てている部分も含めて、という意味ですよね。

 佐藤 そうです。しかし、それだけ読んでもコンピューターは人間に勝てなかった。やはり、人間の感性の素晴らしさというものを感じました。やはり、プロ棋士はコンピューター以上に読んでいるんだなあと、自分でもびっくりしました。自分の推量の計算なんで実際は違うのかもしれないが、やっぱりプロ棋士は強いんだなあと。(笑い)

 司会 渡辺竜王からお聞きした話ですが、ボナンザと指すときに、コンピューターがどれだけのものかなと思ってやったけれど、そんなたいしたことないだろうと思ってやったら、これまずいと思ったとおっしゃってました。

 佐藤 意外と強いと。

 司会 そう。ちょっと気合入れ直さないと格好悪いことになると思って指し出してから、自分のペースになったとおっしゃっていました。

 しかし、将棋は取った駒を使えるということもあって、複雑なんでしょうね。

 佐藤 取った駒を使えるということで選択できる手は膨大になりますから。

 梅田 チェスよりも難しいですね。

 佐藤 ええ。しかし、チェスは引き分けが多い。4〜5割は、トッププロがやっても引き分けになる。ところが、将棋はほとんど必ず決着はつきますので、ゲーム性が違う。勝ち負けが決まる可能性が高いゲームのほうが、コンピューターとしては得意なのかなとも思いますね。

 梅田 長く将棋を見つづけているファンの立場から言うと、勝ち負けよりも、その将棋がいい将棋かどうかの方が重要と思う。突き詰めていえば、棋譜の芸術性ですね。局面の均衡が続き、その裏には“1億3手”づつの読みがある。どちらかがばたりと勝ってしまうことがない均衡が美しく続いていく棋譜の魅力はすごいもの。僕の感じは、人間が感動する棋譜を生み出すところまで、勝ち負けということを超えて、一つの将棋の芸術性の美しさを考えるところまで、コンピューターは進化していけないのではないか。

 司会 興味があるのは、勝ち負けよりも美しさですか。

 梅田 仮に、コンピューターの性能が上がって、まれに勝つことはあるとしても、何度も見るに堪える意外性や芸術性が生まれるのかどうか。見る側からすると、羽生−佐藤戦は、何度でも鑑賞する価値がある。無から始まるわけですが、その1局というのは必ず固有の1局になって、個性がある。

 それを棋譜、7六歩、8四歩・・・という流れを追っていき、その1局の芸術性というのがきちんと解説される。十分な字数を使って解説されれば、勝ち負けを超える。トッププロ同士の対戦でも、凡戦と名局の違いが明確に表れると思います。

 司会 そこが将棋のおもしろさだと。

 梅田 大げさな話ですが、20世紀というのは自動車にしても、飛行機にしても、人間の肉体の限界を改善する技術が世界を牽引(けんいん)した時代だと思う。メーカーがしのぎを削って優れた自動車を造り、それを動かす石油をめぐって戦争が起きたりとか、そういう時代ですよね。

 そして、21世紀というのは、人間の脳の限界を超えようとしていく技術の時代で、それがITであったりインターネットだったりということになる。

 しかし、そうした技術の発展と人間の技芸をきわめる行為は別の次元の話でしょう。例えば、マラソン競技で1人だけ自動車で走る人がいて、先にゴールに着きましたといって、マラソンが面白くなくなるということはない。

 将棋も同じで、人間が有限の時間を使って1局の将棋を指す、2人の人間が脳を使って芸術作品を作るという、そういうことの意味みたいなものって、コンピューターが出てきてもあまり関係ない。

 まだ、コンピューターが弱くて、人間が強いという状況なので、コンピューター対プロ棋士の戦いには一瞬の話題性はあります。しかし、それで仮にコンピューターが勝っても「ああそうですか」ということです。

 つまり、棋士の指す将棋とコンピューターのそれとでは、目指すものがまったく違うわけで、強さを比べることに意味はないのです。

 佐藤 確かにそうかもしれません。



ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)ウェブ時代をゆく
─いかに働き、いかに学ぶか


梅田 望夫


  1. 2008/03/14(金) 06:40:38|
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ネットで目的にたどりつけるのは疑問を持つ人だけ

梅田望夫氏と佐藤康光棋聖が語る
(1)ネットで目的にたどりつけるのは疑問を持つ人だけ




 梅田 インターネットの面白いところは、情報の向こうに無数の人がいることでしょう。われわれは、どんなにがんばっても、1日に会える人は何人、知り合える人は何人と限界がある。将棋の世界でもビジネスの世界でも学校でも、非常に限られた人数の人としか知り合えない。しかし、インターネットは向こうに日本人が何千万人、世界中には億単位の人がいて、意外なことが返ってくる。そこがすごく面白い。

 佐藤 確かに、絶対に知り合えない人と知り合えるというところがありますね。脳が横につながるというか、広がってゆく感じですか。

 梅田 はい、そうです。しかし、ここが肝心ですが、ネットの情報というのは、何かを知りたいという気持ちが自分のほうにないと探せない。ネットの情報というのはそれこそ無限にありますが、何かを知りたいというテーマがある人にしか開かれていない。疑問や情報を持っていた人だけが目的の情報にたどりつける。そして、自分から行くと深いものを得られるというのがネット。検索をすることで、その向こうに「知」が広がる。

 司会 疑問や情報がない事柄はどうなりますか。

 梅田 確かにわれわれそんなにたくさんのことに能動的な関心がないわけです。私もネットでいろいろ調べますが、大好きな将棋や、仕事の専門に関係するIT(情報技術)のこと、経営のこと、自分が関心を持っている人のこと、それくらいで、もう時間がいくらあったって足りない。僕の場合、それ以外の世界についてはネットをあまり使わない。こちら側に知りたいという気持ちがない領域について、ネットはあまり役に立たない。

 だけど、世界で何が起きているんだろうとかいうことは知りたいでしょう。すると、新聞見ないと俯瞰(ふかん)性が得られない。土地勘がないところで、自分が何を知っていなければならないのか、という漠然とした要求を持って情報に対峙(たいじ)しようとしたら、雑誌や新聞などのパッケージにした情報がないと話にならない。つまり、ネットと新聞は対峙するものではなく、双方が補完し合うものだということです。

 司会 なるほど。

 梅田 昨日と今日とでは世界はこれだけ変わったという差分を用意して、紙面で提供しているわけでしょう、新聞というのは。ネットというのはそういう構造してないわけですよ。とにかく、過去からのモノは全部ありますと。蓄積されていきます。それでいま見えているのはこのページで、そこから自由にどこにでも行ってください、何か興味があるのであれば、キーワードを入れて検索してください。そうすれば出てきますという具合ですね。だから、自分が興味を持っていることについてはネットでどこまでも行ける。ところが、自分が何に興味があるかが分からなくて、でも、生きていくうえで把握しなければならないものをどうするか、というのはネット向きではない。だから、必ず両方残る。

 司会 ネットと紙媒体の双方が必要だという理由ですね。

 梅田 しかし、これまでは新聞や雑誌しかなかったから、ネットが出てきたときに、新聞は「自分たちがなくなっちゃうんじゃないか」と心配したわけです。少しは減りますよ、もちろん。新しいものが出てきたんだから。しかし、ネットという道具を新聞社も使えば、「法廷ライブ」みたいなこともできる。

 佐藤 「法廷ライブ」ですか?

 司会 産経新聞がネット向けにやっている企画です。法廷では録音も撮影も認められていないものですから、記者が手書きでやり取りを記録して、それをすべてネットで流すという企画ですが、ウェブサイトのアクセス数が跳ね上がりました。

 梅田 ネットは物理的な制約がないですから。それを若い人は求めています。たとえば、法曹の世界を志す若者たちとか、ある事件に興味があって、その裁判が今日あるんだということを知っていて、法廷の中で何が語られていたのだろうかと関心を持つ人たちには、最高のコンテンツですよね。

 佐藤 裁判のやりとりの詳細が全部、ネットで読めるんですか。

 司会 はい。

 梅田 かなりの量になると思いますが、それだけ長いやりとりを掲載すると、新聞はコストがかかりますでしょう。しかし、新聞の上には載らないのだけれど記者の方々はこれまで、そういう努力をされていた。しかし、それを捨てていたわけですよ。

 佐藤 なるほど。

 梅田 ところがネットの上はコストがかからず、物理的な制約もないので全文掲載できる。

 佐藤 記者の方が本当に伝えたいことを、好きな分量で掲載できるということですね。しかし、大変な量なのでしょうね。

 司会 1回当たり4000行くらいでしょうか。新聞紙でいうと、字だけで埋め尽くして10ページ分くらいになります。

 佐藤 それだけの量では、普段の紙面には掲載できませんね。

 司会 そうですね。しかし、情報量は圧倒的に多い。梅田さんがおっしゃるように、自分が興味を持っていればより深い情報にたどりつけるわけです。梅田さんの場合、大好きな将棋もそこに入るのでしょうが、当然、ネット上で将棋を指したりされるわけでしょう。

 梅田 いえ、ネットでは指しません。ぼくは、棋譜と解説や、ネット中継の結果をプリントアウトします。正座して盤に向かうんです。で、駒もいい駒を使う。ぼくはシリコンバレー在住ですが、あそこでそんな盤と駒を持っているのはぼくだけでしょうね。(笑い)

 佐藤 それは意外というか、やはり日本人ですねえ。

 司会 ネットの登場は、将棋の世界にも変化をもたらしましたか?

 佐藤 新聞はネットの出現で変わったということですが、将棋もそうですね。ネットができて将棋界の環境もずいぶんと変わってきた。ファンとの接点は、昔は新聞の観戦記がメーンだったんだけれど、そうするとどうしても将棋ファンの人しか見ない傾向が強かった。現在は、ウェブで同時中継をするようになって、将棋好きな人はライブで見ています。それ以外の将棋を知らない方も見ていただけるようになりました。ぼくの知り合いにも結構います。

 その棋士が何を昼に食べたとか、タイトル戦の前夜は何をして過ごしたとか、そういうことがネットに書き込まれるようになり、それを見ているのが面白いという人も増えてきました。将棋を知らなくても興味を持ってくれるような機会が増え、さらに新聞の観戦記を見るというきっかけにもなっている。そういう意味では相乗効果というのでしょうか。将棋界の裾野が広がったと感じます。

 司会 ブログをやられている棋士の方もいらっしゃる。

 佐藤 そうですね。最近特に、若手棋士はブログをやる人が増えてきています。私は不器用なのできませんが。

 司会 この間、渡辺明竜王とお話しする機会がありまして、竜王が負けると、ブログのアクセスがぐんと増えるとおっしゃっていました。

 梅田 負けた棋士が何を語るのかは興味ありますね。

 佐藤 いやあ、負けた将棋はなかなか書けないですよ。普通、将棋界の常識だと、勝った人が自分の将棋を書く。負けた人が率先してそれをするというのは、ちょっと普通できないですよね、特に棋士の場合。負けず嫌いが多いので、あまりそういうのを素直に反省して次に生かそうというのは、なかなかできない。彼は良くできた人だなと感心しますね。

 しかし、そういう記録が残っていくことは、それが将棋界の財産をつくることにもつながる。美しい棋譜を残すことが財産ですし。だから、負けた将棋も詳細に解説して、次に生かすと同時に、うまく正しく伝えていけるということは大切です。

 梅田 棋譜の芸術性を伝えるのは大切だと思います。将棋界というのはこれまで、将棋を普及させようというときに、将棋を強くするという視点でしか取り組んでこなかったと思っています。将棋をめぐる人々の関心の裾野は広いのです。

 しかし、見て楽しむ、強くならなくても、見て、その将棋を理解できるという水準に、多くの人を導くためには、教え方も違うし、強調すべき点も違う。僕自身が将棋大好きなんだけれども、そんなに強くないのと、指すよりも見ることに関心があったから、そういうことをいつも考えていました。

 芸術性があり、歴史と伝統がある将棋は、新聞社にとっては宝ですよ。

 司会 なるほど。

 梅田 いままでは紙面の物理的な制約があり、使える字数が少ないから、芸術性を伝えきれなかった。だから、ネットの登場は新聞社にとっても将棋界にとってもすばらしいことで、その芸術性を余すことなく伝えることができるし、新聞社のサイト側がすべてを用意しなくても、オープン性を担保してあれば、ファンの人がこの部分はこうなんじゃないかと言ったりすることもできる。

 ファンが勝手にやったことが検索エンジンにひっかかってきて、棋士や棋譜についてトータルに情報が増えていく。そうすると、いろいろな観点で、多くの人が関心を持つ機会が増える。さっき、棋士が何を食べたんだろうということに興味を持つファンがいるとおっしゃっていましたが、有名な加藤一二三九段がお昼に鰻重、夕食にも鰻重を食べたと書かれると、それだけで、ネットのうえでは大変な話題になる。加藤九段というのはカリスマ的な存在でいらっしゃるので。

 佐藤 ちょっと変わったところもある先生ですが(笑)。棋士は結構、変わったというか個性的というか、独特の感性を持っていますからね。


ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)ウェブ時代をゆく
─いかに働き、いかに学ぶか


梅田 望夫



  1. 2008/03/13(木) 06:33:43|
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