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  1. 2037/01/01(木) 00:00:00|
  2. 幸福になりたい

ある県警の話

お金と仕事の宇宙構造
九州のある県警に勤めている方がいます。 ・・・(略)・・・ ある現場から、鑑識課の5、6人が帰ってきたそうです。帰って来て、この人たちが話をしているのを、この娘さんが事務をとりながら聞きました。

この人たちは、次のように言ったそうです。
「犯罪の現場になる所は、どうしてこうも揃いも揃って、トイレと流しと洗面所が汚れているのだろう。今まで自分たちが行った犯罪の現場で、トイレと流しと洗面所がきれいだった所は、ほとんどない」

そうしたら、同じ鑑識課の10人くらいも集まってきて、「そういえば、あの事件のときもそうだった。この事件のときもそうだった。そういえば、あそこもそうだったなあ」と話に花が咲きました。

 ・・・(略)・・・

これはすごい話です。
すごい話なので、講演会で話したことがあります。そのときの講演テープが出回り、関東の方で聞いた方がいました。

この方も、関東のある県警に勤めているのですが、同じことを言っていました。
「実は、私の何十年かの経験で言うと、トイレ、流し、洗面台が汚れている所が犯罪の現場になりやすい。多分、日本中でそうだろう」

 ・・・(略)・・・

「この家を選んでこの家に入ろう」と思うところから犯罪が始まります。
でも、トイレと流しと洗面所は外から見えるでしょうか。
見えないのに、入っていった所は、必ずトイレと流しと洗面所が汚れているのです。

 ・・・(略)・・・

これは、どういうことなのでしょうか。
このような家は入りやすいのかもしれません。「入っていいよ」と家のオーラが言っているのだと思います。泥棒は外から見てわからないはずなのに、汚れているということで、シンパシー(共鳴・共振)して誘い込まれるのではないでしょうか。

「泥棒」という言葉は、「泥」という字を使います。なぜ「泥」という字を使うのでしょうか。なぜ「泥棒」というのか、とても不思議です。

トイレ、流し、洗面台が「汚れ」ているのと、「泥」というのが、すごく共鳴しているような気がします。

 ・・・(略)・・・

人ひとりにも、オーラがあるのではないでしょうか。もしかすると、そのオーラをつくるのは、「汚れたところの掃除」なのかもしれません。
  1. 2008/05/28(水) 07:30:54|
  2. 幸福になりたい
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「喜ばれるとうれしいのよね」スイッチ

宇宙を味方にする方程式宇宙を味方にする方程式

小林 正観



動物には二つの本能が組み込まれています。
一つは自己保存の本能。
二つめは種の保存本能。
この二つだけです。人間以外の動物は、自己保存と種の保存だけがある。

シマウマが群れているのはなぜか?互いにいろいろなことをやり合って社会性を持って支え合っているのではありません。群れていることによって安全性が高まるという自分の利益のために集合しているだけです。要するに、一頭一頭はすべて自分の自己保存と種の保存を図るためだけに動いている。

実は、動物と神の間に人間という存在が存在しているのです。人間というのは動物でいうと、たとえばタヌキ、キツネ、ネコ、コアラ、ラッコ・・こういうふうに片仮名で書いたときに”ヒト”と書きます。
二十年ぐらい前になるかと思いますが、文部省が動物・植物の名前は全部片仮名で書くことという通達を出しました。それで、人というのも学問的に呼ぶ場合は、片仮名で「ヒト」と書かなくてはいけません。

・ ・ ・ ・

そして、人は一人で生きていると「ヒト」、人の間で生きている人だけ「人間」になります。

この「人間」は動物にある一と二の本能プラス、神様から三つ目の本能をいただいています。ありとあらゆる生物の中でこの三つの本能を持っている唯一の存在です。

この三つ目の本能とは。「喜ばれるとうれしい」という本能です。

・ ・ ・ ・

そして、皆さんはこの一言を聞いてしまった結果として、今日の今この瞬間からどんなに抵抗しても抵抗ができない。なぜならば、全員の心の中に「喜ばれるとうれしい」という本能が入り込んでいるからです。入っていない人は一人もいない。どんな人も喜ばれるとうれしい。

暴走族のお兄ちゃんたちは、ワンワンワンワンワンとものすごい音を立てますけれど、あれは仲間のみんなが「すげえ、いい音だ」と喜んでくれるからうれしくてやっている。いくらワンワンワンワン音を立てても暴走族仲間がシーンとしているとつまらない。喜んでくれないと、ものすごくつまらなくなってしまうわけです。

喜ばれるということの意味は、いろいろなジャンルで人によって変わってくるものですけれど、とりあえず「喜ばれるとうれしい」という本能は誰の中にも組み込まれている。それが一般社会に適合するかどうかは別として、とりあえず「喜ばれるとうれしい」という本能が入っているのです。

これを知ってしまった皆さんは「喜ばれるとうれしいのよね」というスイッチがもうカチッと入ってしまいました。今日の今この瞬間から動き出してしまいました。


・ ・ ・ ・


人間には生まれたときから「自己保存」と「種の保存」と「喜ばれるとうれしい」という本能が三三%ぐらいずつ入っているのです。それが大体五十代になると二十五対二十五対五十ぐらいになっていく。一番目と二番目の本能は、十年で10%ずつぐらい減っていくのですが、三番目の本能だけは大きくなっていくようにつくられています。

というわけですから、八十歳、九十歳になると「喜ばれるとうれしい」という本能だけが残っている状態になります。中には七十代になっても種の保存にしか興味のない人もいますが、それは極めて稀(まれ)な人。例外です。

  1. 2008/05/06(火) 11:21:11|
  2. 幸福になりたい
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「眼力」とは、”人を見る目”などという生やさしいものぢゃないんだ。

眼力眼力
齋藤 孝


たとえば野球でもサッカーでも、まったく注目されていない無名選手を大化けさせる監督やコーチたちがいる。
一方で、採用試験で冴えまくっていた期待の新人がまったく使えないと嘆く人事担当者がいる。
あるいは、ある上司のもとでは無能の評価を受けていたのに、異動で上司が替わったら同じ人とは思えないような活躍をする部下がいる。
こういったことがおきるのは、ひとえに「眼力」のなせる技である。「眼力」は、「その人物の本当の力や可能性を見抜ききる総合的な判断力」である。一般に言われる「人を見る目」などという生やさしいものとは違う。

  1. 2008/05/01(木) 08:06:28|
  2. 幸福になりたい
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このままやと2000パーセント成功でけへんで

夢をかなえるゾウ

「保障したるわ。自分、このままやと2000パーセント成功でけへんで」
僕は思わず声を荒げて言った。
「な、なんでそんなこと言い切れるんですか?」
「そんなもん、自分が『成功せえへんための一番重要な要素』満たしとるからやろがい」
「何ですか?成功しないための一番重要な要素って何なんですか?」
「成功しないための一番重要な要素はな、『人の言うことを聞かない』や。そんなもん、当たり前やろ。成功するような自分に変わりたいと思とって、でも今までずっと変われへんかったっちゅうことは、それはつまり、『自分の考え方にしがみついとる』ちゅうことやんか」

そしてガネーシャは僕を見て言った。
「自分が成功でけへんのはなぁ・・・・・・今さっき『そんなことして意味あるの?』と考えた、まさにその考え方にすべての原因があるんやで」
ガネーシャは人差し指でポンポンと僕のこめかみを小突いた。
「そんな一番、一番、一番、簡単なことも分れへんのやろ、この頭は」
僕は大声で何かを叫びたい気持ちだったけど、何と叫んでいいか分からなかった。



夢をかなえるゾウ夢をかなえるゾウ
水野敬也

詳細はこちら
  1. 2008/04/30(水) 23:58:00|
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「クラウドコンピューティング」とは

次のパラダイムシフト? 「クラウドコンピューティング」とは



cloud computing このところ、「クラウドコンピューティング」(cloud computing)という言葉を、よく見かけるようになった。つい先週もIBMとGoogleが、大学向けのクラウドコンピューティングを推進する「Academic Cluster Computing Initiative」を発表している。「Web 2.0」に続く流行語になりそうな予感だ。


 クラウドは、“インターネットの雲”を指し、ネットワークを雲の図で表すことから来ているという。クラウドコンピューティングをインターネットの“あちら側”と表現する人もいる。

 インターネット常時接続が普及して、さまざまな処理がサーバー側で行われるようになった。ユーザーのデスクトップで動いていたアプリケーションはサーバー側に、データはデータセンターに移動する。クラウドコンピューティングは、こうした環境を言う。アプリケーションをWeb経由で利用する SaaSと同じようにも思えるが、もう少し広い含みがあるようだ。

 早くから「クラウド」という言葉を使っているのが、GoogleのCEO、Eric Schmidt氏だ。米ZDNetのDonna Bogatin氏のブログによると、Schmidt氏は8月に開かれた検索エンジンのカンファレンス「Search Engine Strategies Conference」で次のように語ったという。「データサービスとアーキテクチャがサーバーにあるデータセンターでスタートする――(このデータセンターは)どこか“雲”の中にある」「適切なブラウザか適切なアクセスがあれば、PC、Mac、携帯電話、Blackberry、新たに登場するデバイスでもなんでもいい――雲にアクセスできる」

 Schmidt氏によると、ソフトウェアがパッケージとして販売された時代とは異なり、クラウドコンピューティングを支えるのは広告なのだという。「クラウドコンピューティングと広告は手を取り合って進む。これは新しいビジネスモデルで、広告がけん引して、ソフトウェアイノベーションのための資金を提供している」(Schmidt氏)。


 パッケージソフト販売で成長したMicrosoftも今年7月、パートナー企業向けカンファレンス「Worldwide Partner Conference」で、クラウドコンピューティングに取り組んでいると認めた。同社がクラウドコンピューティングに本気であるとすれば、180度の方向転換となる。

 米The New York Times紙が伝えたMicrosoft Windows Liveサービス担当ゼネラルマネージャ、Brian Hall氏のコメントによると、「コミュニケーションと共有のコンポーネントを取り出し、サービスを構築する。PC、Web、電話からアクセスできる個人/コミュニティ向けのサービスとアプリケーションのスイートのようなものとなるだろう」という。

 Microsoftは今後、プラットフォーム技術「Windows Live Core」の開発を進め、「Microsoft Live」ブランドを強化していく考えだ。また10月2日には、「Microsoft Office」のSaaS版となる「Microsoft Office Live Workspace」を発表している。

 Microsoftだけでなく、9月以降、IBMの「Lotus Symphony」、プレゼンソフトが加わった「Google Document」など、オフィスアプリケーション分野でSaaS関連の発表が相次いでいる。これまで、どちらかというと米Salesforceなどの業務アプリケーションが先行していた分野だが、一般ユーザー向けでも動きが活発化している。そして、Googleに刺激されて、巨人Microsoftも動き出した。本格的なインターネットサービス時代の幕開けを思わせる。クライアント/サーバーからのパラダイムシフトである。

 今回のIBMとGoogleの提携は、その象徴だろう。クラウドコンピューティングの実現には、サービスの提供だけでは不十分で、大規模なデータセンターと実際のユーザーが必要となる。両社が今回発表したイニシアティブは大学を対象としており、この部分の支援を狙う。両社は今後大規模クラスタを構築、将来的には1,600プロセッサで構成するプラットフォームにする計画という。すでにワシントン大学が参加しており、カーネギーメロン大学などいくつかの大学が参加を検討中という。


 これまでのところ、クラウドコンピューティングは主としてMicrosoft対Google(および、反 Microsoft陣営)の戦いの場とみえるが、新しいベンチャー企業も市場を盛り上げそうだ。たとえば、デスクトップOSをSaaSとして提供する米 Sapotek、米Zimdeskなどのベンチャー企業が生まれている。今後、こうしたベンチャー企業と大手が刺激しあって、新しいパラダイムに移行するのだろう。

 Gartnerは先ごろ発表した2008年の「戦略的技術トップ10」の一つとして、「Web Platform & WOA(Web Oriented Architecture)」を挙げている。そのなかで、クラウドコンピューティング環境を経由するWebプラットフォームが浮上してきたと指摘。企業は、このことが今後3~5年の間に自社にどんなインパクトを与えるかを見越しておかねばならない、としている。



  1. 2008/04/12(土) 06:00:16|
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ブログを通じて人の役に立ちたい !!

影響力のあるブロガーの特徴は? ニフティなどが調査



影響力のあるブロガーは、記事の読みやすさや、定期的な更新を心がけている――ニフティとビデオリサーチが4月3日に発表した、「ブログサイトに関する共同研究調査」で、こんな結果が出た。

調査は、15~49歳のネットユーザーを対象に、昨年12月に行った。計1060人が対象で、うちブログを運営している人が530人、ブログを運営していないが、週に1回以上ブログに接触している人が530人。

ブロガーと影響力のあるブロガーの特徴について (2)
ブロガーと影響力のあるブロガーの特徴について


1日100ページビュー以上あるブログを「アクセス数の多いブログ」と定義。
アクセス数の多いブロガーは、そうでないブロガーと比べて、
記事の読みやすさに気を配っている」(アクセスの多いブロガー:一般ブロガー=86.3%:75.1%)、
定期的な更新を心がけている」(78.6%: 57.1%)、
話題性のある内容を取り上げるよう心がけている」(59.0%:36.3%)、
読み手にとって価値のある情報を取り上げることを意識している」(53.0%:29.8%)、
ブログを通じて人の役に立ちたいという思いがある」(41.9%:26.9%)
と答えた割合が多かった。

記事を書く際の情報源としては、アクセス数にかかわらず「自分が体験したことや自分の感想を書く」と答えたブロガーが最多。

他人のブログや、 Webサイト、テレビやラジオなどメディアで見聞きしたことを取り上げると答えた割合は、アクセス数の多いブロガーの方が、そうでないブロガーより多かった。

ブログを読む目的は、多い順に「新しい情報が手に入る」(55.2%)、「気分転換、ストレス解消になる」(44.4%)、「趣味や余暇に役立つ」(44.0%)。

全体の87.5%が「商品情報を含むブログ記事を読んだことがある」と答えており、ブログに書かれている商品情報について、「非常に信頼できる」と答えた人は7.8%、「やや信頼できる」と答えたのは63.9%だった。


調査結果資料(PDF)

  1. 2008/04/11(金) 06:00:56|
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他人から認められないと悲観する必要はない。

不患人之不己知 患不知人也

人の己を知らざるを患(うれ)えず、人の知らざるを患う



「論語」の学而編から。

他人から認められないと悲観する必要はない。

人から、自分で思っているような評価を得ないのは、

自分が他人の実力を分かっていないからだ。

まず、そうした自分を責めるべきだという意味。


  1. 2008/04/05(土) 20:47:42|
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すべての命はつながっている

■新しいヒト万能細胞誕生に思う


≪皮膚細胞から万能細胞へ≫

昨年11月、京都大学の山中伸弥教授らによって新しいヒト万能細胞(iPS細胞)の作製成功の報告があった。日本の科学者チームの快挙である。

あらゆる生物の受精卵のゲノム(全遺伝子情報)には、将来、作られるすべての細胞や臓器に関する情報が書き込まれている。この受精卵は、どのような細胞にでも成長できる全能性がある。しかし、受精卵はいったん分裂を始めると、ごく初期の段階を除き、この全能性は失われ、それぞれ異なった細胞や臓器に分化していく。そして、分化した細胞は、もう元の万能細胞には戻らないと長い間信じられてきた。

この常識をくつがえしたのがクローン羊の誕生であった。それから10年が過ぎ、昨年、新しいヒト万能細胞が誕生した。これは、受精卵から出発したものではなく、皮膚の体細胞から万能細胞を作り出すのに成功したものである。

この成功には、2つの大きな意味がある。1つは、体細胞を使うために、倫理面の問題が回避できること。2つ目には、自分の傷ついた細胞や臓器などを、自分の細胞で作製できる再生医療に大きな道を開いたことになる。

ここで忘れてはならないことがある。世界の科学者を総動員し、世界の全財産をつぎ込んでも、いまだに、細胞のコピーはつくれるが、細胞そのものは元から創ることはできないのである。これは、たった一つの細胞ですら、生きていることが、いかにすごいことかということである。細胞1個が生きているだけでもすごいのに、私たちの身体では約60兆個の細胞が毎日、大きな争いもなく助け合って見事に生きている。

≪ハーモニーを演出する力≫

ヒトには数百種類もの細胞が、それぞれ独自の役割を演じながら他の細胞を助け、臓器の働きを支えている。臓器は、それぞれ独自の働きを演じながら、個体を生かしている。このような見事な協力とハーモニーを演出しているのは、自律神経だといわれている。その自律神経を動かしているものは何か、現代医学ではいまだに全く分かっていない。この見事なハーモニーと助け合いがデタラメに起こるわけがない。その情報は、ゲノムの中に書き込まれていると私は考えている。

21世紀には、この利他的な遺伝子(群)と名付けてもよいものの正体の一部が解明できると思っている。

1953年、遺伝子の本体がDNAという物質であることと、その構造が解明された。そして驚くべきことが明らかになった。それは、細菌を含む微生物、昆虫、植物、動物、人間など、すべての生き物は「A・T・C・G」と呼ばれる同じ遺伝子暗号を使っていることが発見されたのである。これは、地球上のあらゆる生きとし生けるものは、「A・T・C・G」を含むDNAでつながっていることを意味している。

さらに、DNAの解明をした結果、地球上すべての生き物の元は、一つであったことも判明した。人間は特別な存在で、地球の資源や他の生物を利用しているが、長い進化の歴史から見れば、すべての生物は人間にとって先祖であり、親戚(しんせき)、兄弟姉妹のような存在である。

≪「偉大な親」のようなもの≫

私は生命科学の研究に50年従事してきたが、つくづく感嘆していることがある。それは、細胞核中の極微の空間に、万巻の書物に匹敵する遺伝子情報を書き込み、一刻の休みもなく働かせている大自然の素晴らしさである。この働きは人間業ではない。この目には見えないが、大自然の偉大な働きを、私はサムシング・グレートと表現してきた。本当に大切なものは目に見えないのではないか。心、いのち、そしてサムシング・グレートも目には見えない。サムシング・グレートとは何か。これは人類の永遠の課題である。

自明のことであるが、子供は親なしでは生まれない。サムシング・グレートとは、すべての生き物の元の親であり、現在も休むことなく働き続けている、偉大な親のようなものではないだろうか。さらに、人類が作り上げてきた文明、科学、思想などの根源は、実はサムシング・グレートに由来していると考えている。

地球上のすべての生き物は、命の元であるサムシング・グレートにつながっていて、お互いに協力しあって、地球生命体を構成しているのである。それにもかかわらず、人類は長年にわたり、民族、人種、国家、宗教宗派までもが争いを繰り返してきた。今こそ、人類を含めたすべての命がつながっていることを自覚して生きたいものである。



【正論】
筑波大学名誉教授・村上和雄(むらかみ かずお)

  1. 2008/03/30(日) 06:00:07|
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中国人の外交術

中国人の外交術

米中国交正常化交渉においてキッシンジャーを翻弄し続けた中国流の外交術に学ぶ。



■1.中国招待は皇帝の温情!?■

1971年7月、キッシンジャー大統領補佐官は北京への最初の秘密訪問を行った。ニクソン大統領が対中国交正常化への意欲を示し、5月に中国側が大統領の公式訪問を歓迎すると応えたのを機に、そのお膳立てのための極秘訪問をしたのだった。

キッシンジャーを迎えた周恩来首相は、こう語った。

中国側がまだ招待していない実に多数の米国の政治家のリストをみせましょうか。私のデスクには、中国を訪問させてほしいと要請する米国政治家からの手紙が山のように積まれています。私は返事はまだ出していませんが---

周恩来の先制パンチだった。交渉相手をそのライバルと競わせて焦らせる、中国一流の外交術である。何千年も国内で激しい外交合戦を繰り広げてきた中国では、ごく基礎的な手法であった。この後に続く何年もの米中交渉の間、キッシンジャーはこうした中国側の天才的な外交術に翻弄され続けることになる。

この先制パンチに、キッシンジャーはこう応えるのが精一杯だった。

あなたがしたこと(ニクソン氏訪中招待)にはニクソン大統領も非常に感謝しています。

これでは中国皇帝への拝謁を許された周辺蛮族の使節が、皇帝の格別の仁慈に感謝しているようで、完全に位負けである。周恩来はその答えに満足したように、さらにこう畳みかけた。

その招待は毛主席の英知と指示によりなされたのです。


■2.CIA報告書『中国人の交渉術』■

米中国交正常化交渉はこの後、79年1月カーター政権下で結実するまで7年以上も続けられるのだが、中国の外交術に翻弄され続けた米政府は、この経験を『中国人の交渉術』という報告書にまとめて、中国との交渉を担当する人間には熟読することを義務づけた。

米国中央情報局(CIA)が発行したこの報告書は、ランド研究所主任研究員のリチャード・ソロモン氏によってとりまとめられたのだが、彼はキッシンジャーの補佐官を務めた人物である。前後20年に及ぶ中国との交渉記録を渉猟し、さらにニクソン、フォード、カーター、レーガンの歴代政権の高官たち30人以上にインタビューを行った。

キッシンジャーもインタビューに答えた一人であり、その体験をもとに、この報告書では随所にキッシンジャーが翻弄された実話がちりばめられている。冒頭のシーンはその一つである。

キッシンジャーほどの著名な国際政治学者でも、実際の交渉の場では手玉にとってしまうほどの高度な外交術を、中国の政治伝統は生み出している。

その分析を行った本書は、日本の対中外交、そして民間企業における交渉においても参考になる。本号では、その一端をご紹介しよう。


■3.「中国の友人」を選ぶ■

中国の外交術の原則は、国家間の関係は条約などの法的なものでなく、あくまで個人どうしのつながりに基盤を置く、というものである。

これは中国の歴代王朝が(現在の中国共産党政権も含めて)、皇帝の独裁を原則としてきたことから生まれた歴史的な特性だろう。国家間の関係も、企業間の関係も、まずは相手側との人間関係を作る所から始まる。

その第一ステップは、中国側と個人的関係で結ばれた「中国の友人」を作り出し、それが相手側の交渉窓口となるよう工作することである。相手国政府内のライバル関係、あるいは権力状況を調べて、「中国の友人」として最適な人物を選び出す。

米中交渉において「中国の友人」として選ばれたのが、キッシンジャー補佐官であった。71年はじめに中国政府はニクソン政権と直接のコンタクトをとろうと決めてから、少なくとも二人の仲介者を通じて、キッシンジャーに特に会いたいという意向を伝えている。

最初は71年2月に、喬冠華外務次官がこの意向を北京駐在のノルウェー大使に伝達した。4月には駐米パキスタン大使が周恩来首相からの同様のメッセージを伝えている。こうした名誉ある「ご指名」に与(あずか)ったキッシンジャーが、対中国交回復にどれほどの意欲を燃やしたかは、想像に難くない。


■4.「中国の友人」への計算され尽くした「熱烈歓迎」■

日中国交正常化の場合、「中国の友人」に選ばれたのは田中角栄だった。佐藤栄作政権の親台湾政策を継承する福田赳夫に対して、田中角栄に訪中招待を呼びかけ、親中派の大平派、三木派を抱き込んで、田中政権の成立を裏から助けた。田中角栄は首相に就任した初閣議後の記者会見で「中華人民共和国との国交正常化交渉を急ぐ」と発言している。[a]

逆に「友人」になりえない人物が交渉相手に選ばれそうになると、中国はそれを避けるためにあらゆる手段を使う。1980年の米国大統領選の最中に、親台湾派と見られていた元CIA副長官レイ・クラインが新政権の対中窓口になりそうになると、トウ小平は副大統領候補ブッシュとの会談で「レイ・クラインとは何者なのか。クラインの中国に関する見解はレーガン・ブッシュ政策を反映するものなのか」と厳しく問い詰めた。

そしてクラインがある記者会見で「中国は野蛮」と口を滑らせた発言を大々的に取り上げ、激烈に非難したのだった。中国敵視政策を決意した政権でない限り、ここまで非難された人物を対中外交の責任者に任命することはできないであろう。

「中国の友人」に任命された人間が招待に応じて訪中すると、計算され尽くした「熱烈歓迎」を受ける。

キッシンジャーはニクソン訪中の事前準備に訪中した際に、中国側がレセプション、名所見物、食事、音楽など綿密に効果を計算して準備を進めていることに強い印象を受けたと述懐している。2回の訪問で、紫禁城と万里の長城に案内され、さらに北京の現代オペラを観劇させられた。

田中首相が北京入りしたのは9月の30度を超える暑い日だったが、迎賓館の部屋は田中の好きな17度に設定されており、田中の第一声は「ああ涼しくて助かる」だった。部屋の隅にはさりげなく田中の好きな台湾バナナ、富有柿、木村屋のあんパンが置いてあった。「これは大変な国に来たな」と日本側は驚いた。[a]


■5.「相手のライバルと競わせる」■

こうした陰からのバックアップや「熱烈歓迎」で相手国のリーダーと個人的パイプを作る事に成功すると、その「中国の友人」を通じて中国は様々な要求や圧力をかける。

ここで「中国の友人」が反抗することもあるが、それを抑え込む手口がいくつかある。一つは「相手のライバルと競わせる」という手である。

冒頭に紹介したように、周恩来首相がキッシンジャーに対して、他にも中国の招待を待つ米国政治家がたくさんいる、と牽制したのも、この一例である。共和党のニクソン政権下で国交正常化への進展がはかばかしくなければ、中国訪問を切望する民主党の多数の政治家に交渉相手を切り替える、と脅したのである。

1974年11月、ニクソン訪中後、3年近く経っても、米中交渉がまだ続いていたが、トウ小平はキッシンジャーに対して、そのライバルと目されていたシュレジンジャー国防長官を中国に招待すると告げて、ショックを与えた。 [1,p108]

米中関係では、もう一つ考えていることがあります。両国関係がいま冷却しているという点です。このため中国政府は国防長官ジェームズ・シュレジンジャー氏への公式招待を発表する。同氏の訪中はいまの米中間の諸問題に適切な答えを与えるでしょう。

キッシンジャーが「クレムリンでは(驚いて)すぐに政治局会議を開くでしょうね」と牽制すると、トウはこうかわした。

私たちは気にしません。むしろソ連が政治局会議を開くことを私たちは望んでいます。中国は真剣にこの招待を出しているのです。


■6.「われわれはあなた方を必要としない」■

交渉相手をライバルと競わせて、自分を有利な立場に置くという外交術は、相手国全体に対しても用いられる。

上記のキッシンジャーとトウ小平の会談の前月、中国首脳は突然、ソ連に向けてボルシェビキ革命の記念日を祝う電報を打ち、中ソ不可侵条約を提案した。米中関係が冷却している時期にこんなメッセージが送られただけに、中ソ対立が解消されるのではないか、との憶測まで流れた。

その直後のキッシンジャーとの会談で、トウ小平は「ソ連の覇権政策は不変」という見解を強く再確認してみせた。キッシンジャーとの会談を狙って、中国側が「米中交渉が進展しないと、中ソが再び組むかも知れない」という揺さぶりをかけたのだろう。

レーガン大統領が84年春に北京を訪問した際にも、中国側はこの外交術を巧みに使ってみせた。ソ連のアルキポフ第一副首相がすぐに中国を訪問する予定だとレーガン大統領に伝えたのである。中国首脳はさらに「日中関係が21世紀まで円滑に保たれる」と力説して、行き詰まっている米中関係と対比した。

軍事はソ連、経済は日本があるから、アメリカが中国との関係緊密化を望まないなら、それでも中国の方は一向に困らない、という圧力である。

「われわれはあなた方を必要としない。あなた方こそわれわれを必要としているのだ」というのが、中国の慣用句である。


■7.「時間のプレッシャー」■

中国のもう一つの外交術は、相手側に「時間のプレッシャー」を与えることである。

キッシンジャーは、1971年10月の二度目の中国訪問の際の共同コミュニケ草案づくりの光景を次のように描いている。[1,p131]

われわれを夕食の蒸し焼きアヒルで腹一杯にさせたあと、周(恩来)氏は自分のつくった草案を突きつけてきた。周草案は、一連の問題について極めて非妥協的な言葉で中国側の立場を述べ立てる一方、米国の立場を述べる空白のページを残しており、米国の立場は、中国側の立場とは反対になることが予測されていた。[1,p131]

米国は自身の主張を盛り込むことができるが、中国と米国の主張に何の共通点もないのであれば、ニクソン訪中は意味のない失敗であるとされてしまう。キッシンジャーは、「限られた訪問期間の中で何らかの共通点を見いださなければならない」というプレッシャーをかけられ、翌朝に対案を提示することを約束した。

対案作りは、肉体的な耐久力との競争になった。まず、私が3時間眠っている間にウィンストン・ロードがコミュニケを練り直した。そして彼がベッドに潜り込むと、私が夜の明けるまで草案を推敲した。

共同コミュニケの草案の大部分はこの際にまとまったが、最も重要な台湾問題に関する合意は、翌年2月のニクソン大統領訪中時にまで持ち越された。

この時も、キッシンジャーは喬冠華外務次官と20時間におよぶ交渉を続けたが、大統領の北京出発の時間が迫ってくる。喬次官は、まとまらないのなら共同コミュニケを出さなくともよい、という虚勢を張ったが、米国側としては、それではニクソン訪中は失敗だった、ということになる。

結局、米国側は大統領の出発の12時間前に台湾問題で譲歩し、「上海コミュニケ」をまとめたのだった。


■8.「後で都合のようように解釈」■

こうした「時間のプレッシャー」のもとで、米国は中国側が主張する「一つの中国」という原則を受け入れた。しかし、そこでは「米国政府は台湾海峡のいずれの側の中国人も、中国は一つであり、台湾は中国の一部だとみていることを認識し、その立場には挑戦しない」という文言であった。

これなら、台湾側が「中国は中華民国という一つの国であり、台湾はその一部」という主張をしている事も米国政府は「認識」していることになる。極端な時間のプレッシャーの下で、キッシンジャーが考え出した天才的な苦肉の策である。

しかし、この苦肉の策も、老練な中国の外交術に手玉にとられることになる。中国側は後に「台湾は中華人民共和国の一部である事を米国が承認した」というように一方的にねじ曲げて解釈してしまう。

77年1月、カーターが大統領就任直前に、「台湾は(中国とは)別の国」と述べたことに対して、上海コミュニケ違反として批判した。さらに米国が台湾に武器を売却する都度、「上海コミュニケ違反」として非難した。

合意事項を含みのある文面にしておき、後の自分に有利な形に解釈する、という中国の戦術は、日本との交渉においても発揮されている。[a]


■9.「敵を知り己を知らば百戦危うからず」■

以上のような中国人の外交術は、天才的なものではあるが、様々な交渉において、繰り返し見られる一定のパターンである。

逆に言えば、そのパターンを知っていれば、こちらに有利な形で交渉が進められる。だからこそ、米国はこのレポートをまとめて、中国との交渉担当者に読ませているである。我が国の外交担当者や国際的なビジネスマンも、こうした研究が必要である。

「敵を知り己を知らば百戦危うからず」とは孫子の言葉である。(文責:伊勢雅臣)



■リンク■
a. JOG(312) 「日中国交正常化」~ 幻想から幻滅へそもそものボタンの掛け違えは、田中角栄の「日中国交正常化」での「異常」な交渉にあった。http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog312.html


■参考■

1.中国人の交渉術―CIA秘密研究
産経新聞外信部







Japan On the Globe国際派日本人養成講座

  1. 2008/03/29(土) 06:00:08|
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「暗記」だけの頭脳は御免だ

■日本には創造促す教育が不可欠



≪少ない努力で目的に≫

日本人は、目的を与えられると、極めて少ない努力で到達する手法を開発する天才的能力を持っている。しかし逆に計算を覚えさせようと考えて筆算や暗算をやらせておくと、親が使っている電卓を探し出してきてやってしまう。親が使わせないで隠しておくと、友達のところへ電話を掛けて答えを聞いたり計算をしてもらったりして、肝心の頭脳の能力進歩という本来の目的を崩してしまう。

学問でも、算術程度なら社会へ出ても、簡便法を思いつく能力の方がばか正直より効果的なこともあるが、高度のことになるとやはり簡便法などでは間に合わないから、しっかりとばか正直に能力を養成してゆくことが必須になる。

電卓などがきっかけになって、子供たちの学習のあり方も、大幅に阻害されることになってしまった。その最大のものは、丸暗記である。私のように記憶力の弱いもののひが目かとも思うが、受験塾では何でも考えることなどせずに単純に暗記しなさいと簡便法を開発して得た結論を明快に指示し、若い人たちは超能力ともいえる暗記力を発揮して膨大な知識を暗記してしまう。

ところが、何時までに、どこまで暗記するかを予定して暗記を始めても、最初のうちは頭はもう一つの能力を発揮して「なぜだろう」「なぜかしら」と考え出してしまう。

しばらくして気が付いて、「しまった!予定に遅れた」と考えるのを中止して、再び暗記に戻ることになる。そして次第次第に考える習性がなくなってきて、頭の中にはわけの分からない短文がギッシリ詰まったような状態になってくる。前に暗記したことを間違えて新しく暗記したことが反対でも気がつかないという状態すら起こりうるのだ。


≪経済活動も頭脳がカギ≫

これまでのことを憶えているだけで済むのなら、これで何とかなる。科学でも科学技術でも単純な、これまで通りやれればよいというようなことなら、これで済むだろうが、創造しようとなるとこれではできない。

海外が不況だから国内対応の経済が重点になるとのことだが、内需が増して国内に売るときにでも、新しい優れた特性を持った商品開発も当然ながら必要である。そして古い型の商品を製造するときでも原料が必要で、これを全部再生で手当てするわけにはゆかない。新製品なら当然であるが、在来商品を作るにしても原料の輸入が不可欠で、その支弁のためには、海外市場から資金を獲得しなければならない。

つまり内需を開拓維持してゆくためには外需が必要である。結論として、日本のような資源のない国では、外需を開発することが経済振興のためには絶対必要であるということになる。

結果として華々しく海外貿易に乗り出すことをしなくても、海外に少量輸出して多額の原料を入手できる貿易を実施してゆくことが絶対に必要である。

つまり科学立国はもちろん、科学技術立国のためにも、日本人の頭脳活動がその源である。

このような時には日本人の頭脳活動を活発にして、ちょっと考えるだけで他の人よりもより高い、より多いことを思いつくようにしておかなければならない。現状を見て、先が読める力も重要である。これらができる頭脳を持った人間を養成しなければ日本の明日の繁栄はない。


≪複雑思考できる能力を≫

幼少のころから考えるように教育を実施してゆくことが、日本の教育に最も重要な事項である。そのためには入学試験の問題を一新して思考のいる応用問題や記述式試験を出すようにすることが大切である。

複雑な思考もできる能力を持たせるようにしてゆくことが大切になってくる21世紀社会に対応して、これまで以上に思考能力を高めるように教育を改良してゆくことが必要である。

単純な事項の結論を暗記していて、何とか対応ができても、現実の複雑な問題に対する対応は暗記できていないから、その場その場で解答を考え、かつ大量の解答をつなぎ合わせて、全体の解を求めなければならないことが多くなって来るのは当然である。

そのためには、個々の事象をよく理解して事象を見、また報告を聞いて、その結果を正しく導き出す能力つまり理解が十分に進んでいなければならない。どうなるか分からず、結論だけ暗記していても、結論を推定することもできないようでは、理系でも文系でも創造力は無論、応用能力すら欠くことになる。ましてや、暗記しただけで矛盾すら気がついていなければ、大事故にさえつながる。



【正論】
首都大学東京学長・西澤潤一(にしざわ じゅんいち)


  1. 2008/03/28(金) 06:00:36|
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ストレスへの反発が家族に

■近親者間殺人にみる日本人の特性

≪多い自殺とも関係が≫

最近家族や近親者による凶悪な殺人事件が報道されることが多くなっている。

もともと日本では殺人事件が身近な人々の間に発生することが多い。親族殺が近年急に増加しているわけではないが、身近な人の間の事件が増えているという印象を持つ人が多い理由として、最近殺人事件の総数が減少傾向にあり、そのために殺人全体における親族殺の比率が上昇したという背景があげられるのではないだろうか。

犯罪についての報道は最近むしろ多くなっているから、その中で比率が次第に高まっている身近な人の間の殺人事件が人々の関心をひくようになったのであろうが、この種の犯罪の対策が今後日本の犯罪を減少させていく上で重要であることは疑いない。

日本人の場合、強いストレスが加わるとその反発として生ずる攻撃性が他者よりも自己に向かいやすい。このことは、ほとんどの欧米諸国や他のアジアの国々と比較して他殺率は低いにもかかわらず、逆に日本の自殺率は極めて高いことからも明らかであろう。自殺は犯罪心理学的には他殺と基本的に異なるものではなく、ただその対象が他者か自己かであるかという点が異なるものと考えられる。


≪絆重視する心性が逆に≫

他殺の場合においても全くの他人よりは比較的身近な人を選ぶのは、やはり自殺の場合と同様のメカニズムが働くためであろう。日本人の場合にその攻撃性が自己に向かいやすく、また他者の中でも家族など近親者に向かいやすいということは明らかであるように思われる。

これは必ずしも日本人が自己や近親者を憎悪しているというわけではない。実態はむしろ逆であり、日本人の場合には身近な人に甘え、依存する傾向が強いのである。この、身近な人との絆(きずな)を重視する心性は、強いストレスが加わった状況では、しばしば逆に相手に対する攻撃的感情としてあらわれることになる。近親者への殺意は強い甘えの感情が極限にまで達した結果生ずることが多いのである。

最近足立区で発生した事件では家族が非常に仲が良く、どうしてあのような残虐な事件になったのか不思議に思うという意見が多かったようである。この事件は無理心中事件であるから甘えによる攻撃的感情だけで説明することはできないだろう。

心中事件の多くは最初は一人の自殺願望から生じ、次第に発展してくるものである。自殺を考えた時に自分ひとりだけが死ぬのは淋(さび)しく空しいから親しい家族に一緒に死んでもらいたいという気持ちになりがちである。また自分が死ぬと家族(特に親)を悲しませることになるだろうからそれを避けるために家族を殺害しようという考えになる。こうしたネガティブな思考は、自分が家族の一人を殺害した場合に残された家族はやはり悲嘆にくれるであろうし、それに加えて殺人者の遺族としての汚名を背負って生きていかなければならないという憐憫(れんびん)の情から更に犠牲者を増やすことになるのである。こうして本来は一人の自殺ですむはずの事件が多くの家族を巻き込んだ大量殺人へと発展することになるのである。犯罪学ではこの現象を拡大自殺と名付けている。


≪家族の孤立にも要因≫

以上のように日本の親族殺人は仲が悪くとも良くとも発生する可能性があるわけである。これら親族間の犯罪の基盤には強い自己中心性と支配欲があるだろう。自分の利己的感情をコントロールできないまま、家族や近親者への殺害に至っているわけで、こうした身勝手な行動はいかなる意味でも正当化することはできないであろう。

こうした事件の続発を防ぐためにはどういう方策が必要なのだろうか。

日本で心中事件にみられるような親族殺の比率が高いのは自他の境界が明らかでなく、家族を自己の一部あるいは運命共同体のように思っていることから生じてくるものであろう。家族であろうとなかろうと、互いに人格を持った一人の人間であることを認め合い尊重することが何よりも大切なことであろう。


犯人や家族が孤立した状況で親族間の殺人事件が生じやすいという事実にも目を向けるべきであろう。日本の場合に同居家族以外の親戚(しんせき)との関係は欧米や他のアジア諸国よりも疎遠であると言ってよいだろう。地域社会も崩壊しつつあり、かつては共同体意識を支えてきた職場もその機能を失いつつある。

近親者間殺人を未然に防止するためには、本人を孤立させないように家族が注意することはもちろん、家族もまた社会との接点を失わないような努力が必要なのである。


【正論】犯罪心理学者 聖学院大学客員教授・作田明(さくた あきら)
  1. 2008/03/26(水) 06:00:55|
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【ウェブ時代 5つの定理】その3 技術者の眼

■「流れ」と「未来」見通す能力

 第3定理は「技術者の眼(め)」である。21世紀のビジネスは、科学と技術を抜きにして考えることはできない。これまでに述べたアントレプレナーシップとチーム力を、その根底で突き動かしているのが「技術者の眼」だ。

 シリコンバレーの中核には、科学や技術を愛する人たち独特の価値観が深く根付いている。起業家やエンジニアばかりでなく、経営者、投資家や金融機関にまで、文系的な管理者的な論理とは全く異なる精神が貫徹されている。

 特に2つのことが重要である。1つが西海岸特有のカウンターカルチャー(伝統的・支配的な文化に対抗する文化)から強い影響を受けた思想である。もう1つが「大きな技術の流れに逆らっては絶対にダメだ」という考え方である。

 ≪カウンターカルチャーは中央集権化された権力に軽蔑(けいべつ)心を示し、まさにそれが、リーダー不在のインターネットの世界だけでなく、PC(パソコン)革命に対しても哲学的基盤を与えた≫

 これは、1960年代から70年代のカウンターカルチャー思想を牽引(けんいん)した作家スチュアート・ブランドの言葉である。

 70年代にシリコンバレー発で始まったPC革命から、現在進行中のウェブ進化に至る思想的基盤には、技術こそが反中央、反権威、アンチ・エスタブリッシュメントの個をエンパワー(力を付与)するものだという考え方が根強くあった。

 その力を起爆剤に現状を破壊し、フロンティアを切り開こうというのである。事実、PCは誕生当初から、個が技術を使って権威と対抗できる革命的な道具として産声を上げたものだ。

 個人一人一人の自由を最大限尊重すべきだとし、国家や体制に縛られるのを嫌うリバタリアニズム(自由至上主義)に、個の力を強めるパーソナルテクノロジー、管理されないネットの自由を信奉する考え方が結びついたのだ。

 日本では、「コンピューターは体制側の管理のためのツール」として長くイメージされてきた。そのため、コンピューター社会は監視社会や管理社会とイコールだと発想する人が多い。「PCやインターネットは、個に力と自由を与えるもの」という文脈で読み解かないと、シリコンバレーの「技術者の眼」はなかなか理解しにくい。

 体制側を支える技術の意義はもちろん大きい。しかし、社会全体がそれだけを志向するのでは、「世界を変える」爆発的な創造力は生まれない。シリコンバレーという地は、イノベーションという実体を伴った「カウンターディスコース」(対抗言説)を、アメリカ社会に投ずるという役割を果たしているのである。

 ≪インターネットが負けるほうに賭けるな≫

 これはグーグルCEO(最高経営責任者)のエリック・シュミットの言葉である。

 何かの課題に直面したときに、インターネットが存在しなかったときの方法で物事を解決しようとしても、時代の大きな流れの中では、いずれ必ず負けてしまうという意味だ。

 シリコンバレーにおいては、技術が未来に引き起こす大変化を見通せる力が最も重要視される。そしてその見通しをもとに「技術の大きな流れに逆らっては絶対にダメだ」という考え方が社会に浸透する。現代においては、インターネットこそが「圧倒的に大きな技術の流れ」だという共通認識ができている。

 「大きな技術の流れ」に逆らって何かを達成し、短期的にどうにかなっても、長期的には成功を持続できない。そんな経験則が、社会の隅々にまで存在する「技術者」系リーダーたちのすべての意思決定の前提として、根強く存在している。そんな基盤があってこそ、グーグルのようなスケールの大きい創造的イノベーションが生まれるのである。

 シリコンバレーが数十年の間にここまで繁栄した要因は、技術が発展する先を見据えて、そこに賭け続けてきたことだ。オープンな環境ゆえに、世界中から集まった優秀な技術者たちによって成し遂げられた偉業だと言っていい。



ウェブ時代 5つの定理  この言葉が未来を切り開く!ウェブ時代 5つの定理
この言葉が未来を切り開く!


梅田望夫



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【ウェブ時代 5つの定理】その3 技術者の眼

  1. 2008/03/21(金) 06:00:02|
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