中国の危ない食品 〜 民は信無くんば立たず
■1.病気になったら魚を食べよう■
ある海外メディアが、中国でのこんな市場風景を伝えている。
70歳過ぎの老婆が魚を売っている屋台の前で、短パンに上半身裸の男に話しかけている。「孫の咳が何日も止まらないの。熱もあるし、どうしたらいい?」
男は自信たっぷりに答えた。
おばあちゃん、前のときは桂花魚(メバルの一種)を孫に食べさせたんだったな。あれは淡水魚だからテラマイシンしか入っていない。すぐには効かないよ。あれだと何匹もたべさせなくちゃいけないな。それじゃあ、多宝魚(イシビラメ)はどうかな。こっちは淡水魚だ。ちょっと高いよ。だけど抗生物質はいっぱい入っている。ニトロフラン類に、クロロマイセチン、シプロフロキサチン。きっと効果てきめんだよ。さあ、目方をはかってあげよう。
番組では、これは作り話ではないと断っている。食物を通じて健康を守るのは中国の伝統的な「薬膳」の思想だが、これがついには抗生物質で汚染された魚を食べるという「近代化」を遂げたようだ。
■2.「土地の人間は、ここで養殖した魚は食べないよ」■
『中国の危ない食品』の著者・周勍氏は汚染された魚が養殖される現場を直接目撃している。
私は広東、浙江、江西、陝西など各省をまわって、じつに恐ろしい光景をこの目で見た。年末になると養殖業者である農民は養殖池の底を清掃する。彼らは泥をすくい出すと、池の底にシプロキサシン(発癌性のある抗菌剤)、または避妊薬をたっぷりと撒く。さらに養殖魚の飼料に大量のホルモン剤を混ぜるのである。養殖魚の伝染病の予防・治療と、養殖魚の成長を早めるためである。養殖業者たちは異口同音にこう言った。
「土地の人間は、ここで養殖した魚は食べないよ」
広州各地の養殖池では、農民が水を抜いたあとの池底に、溶けずに残っている避妊薬の錠剤が厚い層をなしているのを何度も目撃した。これら錠剤は当地の地方政府が住民の計画出産のために無料で配ったものだという。つまりコストゼロなのである。
北京の飲食業界では「海鮮類は高価なものほど食べてはいけない」が、公然の秘密としてささやかれている。なかでも「田うなぎとスッポンは食べるな」である。なにしろ、ふつうは2年かけて1キロに成長するスッポンが、促成剤を使うと2、3カ月でその大きさになり、それらが出荷されているのである。
北京のある有名な産婦人科医院の医師は、周勍氏にこう語ったという。
近年、北京では性早熟児が珍しくなくなりました。受診に来る患者の中には、先ほどの女の子のように7歳で生理があるとか、もっとひどいケースだと6歳の男の子に髭が生えたりしています。・・・とくに化学物質ホルモン(環境ホルモン)を含んだ水産物の影響が大きい。わずかであれホルモン添加によって、20年前には平均14歳だった初潮年齢が、現在では10歳前後に早まっているのです。
2年かけてようやく1キロに成長するスッポンが2,3カ月で促成されるほど化学物質を使われているのであれば、それを食べた子供にも影響が出るのは当然だろう。
■3.大規模食品中毒事件が続いている■
『中国の危ない食品』は、いくつもの大規模食中毒事件を列挙しているが、そのごく一部を紹介しよう。これらを見ると、上記の養殖魚などは、まだ「安全」な方である事が分かる。
・1996年、雲南省会沢市で工業用アルコールから造られたニセ酒により、36人が死亡、157人が後遺症により身体障害者となった。同様のニセ酒事件は、1998年、山西省朔州などで連続的に発生し、2百数十人が中毒、7人が死亡した。
・1998年、江西省で有機錫用として使用されていたドラム缶に入っていたラードを食べたことから中毒事件が発生。2百人近くが中毒になり、3人が死亡。
・1999年、広東省肇慶市でパラフィン油が混入した食用油により、7百人が中毒。
・2001年、江西省永修県で野生キノコを食べて5千余人が中毒、少なくとも10人が死亡。2002年、湖南省でも100人が毒キノコを食用して中毒、5人死亡。
・2001年、吉林市で、豆乳を飲んだ学生6千人が中毒。豆乳に関しては、2002年長春市で3千余人、2003年遼寧省でも3千人と、繰り返し被害が出ている。
業者が有害と知りつつ故意に危険な食品を提供したのか、あるいは危険性を知らなかったのかは、明らかでないが、いずれにせよ、消費者の健康や生命よりも金儲けを優先する社会土壌がありそうだ。
■4.軍隊でも食中毒■
こうした危険な食品を、行政当局はなぜ取り締まらないのか?その原因を豚肉汚染の事例で見てみよう。
2002年7月2日、人民解放軍の兵士80名が食堂で豚のレバー料理を食べたところ、20名が食中毒症状を起こした。最初に手などの筋肉が震え、次にめまい、頭痛、動悸の症状が現れた。翌日には顔面の筋肉が痛み、足が無力症状となり、嘔吐感を催す者もいた。
食堂に残っていた豚のレバーを分析すると、塩酸クレンブテロールが検出された。軍隊の食堂であるので、食材の調達から料理方法まで規定通り厳格に運用されていたが、その軍隊でもこのような食中毒事件が発生したのである。
民間では同様の中毒事件が頻発しており、上海だけで1998年以来、18件発生し、被害者は17百数十名、うち死者1名を出している。
■5.肉赤身化剤■
塩酸クレンブテロールは、肉赤身化剤とも呼ばれている。中国では赤身肉が脂身肉よりも好まれ、数倍の値段で売られている。しかし、赤身肉タイプの豚を養殖するには、良種の子豚の購入費と養殖期間のコストを考えると、コスト割れすると言われている。
ところが、出荷の10日ほど前にふつうの豚に肉赤身化剤を入れた飼料を食べさせると、赤身肉タイプに「速変」するのである。赤身化剤のコストは豚1頭あたり8元だが、利益は22元も増える。
農業を主管する中央の高官が、ある省の養豚農家を訪ねたときのこと。ふつうの豚と、毛並みに光沢があって臀部が太った豚の2種類がいた。高官が2種類の豚を飼っているわけを訪ねると、こういう答えが返ってきた。
見た目にいいのは肉赤身化剤の飼料を食わせたやつです。肉の色つやがいいんで、もっぱらマチの人に売るため。ふうつの豚は自家用ですよ。
高官は驚いて「肉赤身化剤が人体に害があるってことを知っているのか」と聞き返すと、
知ってますよ。でもマチの人間には公費の医療があるから、大丈夫でしょう。
■6.肉赤身化剤の危険性は分かっていた■
肉赤身化剤の利用は、中国人の「独創」ではない。1980年代にアメリカの某企業で、若い研究員が誤って塩酸クレンブテロールを豚用の飼料に入れてしまった事から、その効果が発見された。牛の飼料に入れても、同様の事が起きた。これを発明した企業は、一時期、大いに儲かったが、やがて思いがけない事件が続発した。
最初に事件が起きたのは1990年3月、スペインでのことである。43軒の家庭の135人の男女が、牛レバースープを食べてほどなく、集団食中毒にかかった。全員の心臓の動悸が速くなり、筋肉が震え、頭痛、吐き気を催した。その後、3月から7月までに、スペイン中部で125件もの中毒事件が起きた。さらに被害はイタリア、フランスにも広がった。
スペインでの最初の中毒事件から2年後、欧米の科学者たちが肉赤身化剤の危険性に対応し始めた頃、中国の学者たちが「科学技術の成果」として、肉赤身化剤を中国沿岸地区の飼料加工工場や養豚業者に大々的に広めた。その効果を紹介しただけで、危険性や欧米での使用禁止の調査状況も示さなかった。
中国で最初に肉赤身化剤の危険性が報道されたのは、1998年香港においてだった。中国産の豚肉を食べた香港人17名の中毒事件が起こり、香港の自由なメディアが競って報道した。
これが引き金となって、大陸中国でも肉赤身化剤による中毒がようやく報道されるようになった。
■7.「われわれもメシを食わねばならない」■
1997年3月、農業部(農業を統括する中央官庁)は畜産業での肉赤身化剤の使用禁止令を出した。以後、同様の通達が繰り返し出されたが、肉赤身化剤による食中毒事件は一向に後を絶たない。
2002年には、福建省南平市裁判所が薬品販売商数人に、肉赤身化剤の販売罪で懲役5カ月、罰金3千元の判決を下した。肉赤身化剤に関する最初の有罪判決である。その後、湖南省、杭州など各地の地方裁判所で、同様の判決が下された。
それでも肉赤身化剤の使用は、各地で続けられた。衛生部(公衆衛生を統括する中央官庁)は2003年前半の重大な食中毒は116件、患者数3643人との報告を受けており、いずれも養殖の際の肉赤身化剤などの薬品過剰添加が原因となっている。
なぜ取り締まりが徹底しないのか。周勍氏は河南省のある地方の取り締まり担当官から、こんな打ち明け話を聞いた。
われわれみたいに年じゅう農民と付き合っている役人は年じゅう貧乏だ。だからなんとかしなければね。ここでは、市場で赤身肉の売れ行きがいいと、業者が大勢産地に押しかけてきて、肉赤身化剤を使った豚を指定買いしたり、肉赤身化剤持参で、養豚家と直接交渉したり、肉赤身化剤の豚を高く買いあげている。われわれもメシを食わねばならない。国の規制以来、ここではまだ一度も肉赤身化剤事件が見つかっていない・・・。これであんた、わかっただろうね。
中国庶民の間では「郷は県をだまし、県は市をだまし、市は省をだまし、省は中央をだます」という民謡が流行っているという。中央政府がいくら通達を出しても、地方の実態は変わらないのである。
■8.「死をもって謝罪する」国との違い■
周勍氏は、こうした状況を、日本や韓国と比べて慨嘆している。日本では2004年3月8月、京都の養鶏業者・浅田肇・知佐子夫妻が、鳥インフルエンザ発生を隠蔽して、感染を広めてしまったことに責任を感じて、首つり自殺をした。
この同じ日に、中国広西チワン族自治区南寧において、南寧税関と広西検査検疫局が、アメリカから輸入した鶏の足爪冷凍品113トンを、鳥インフルエンザに感染していたとして廃棄処分とする決定を下していた。
荷主である南寧市新興科学農業貿易有限公司は、山の中に深さ10メートルの穴を掘り、大型トラック6台分の足爪冷凍品を埋めて、その上に生石灰を厚く撒いて消毒した。このことはメディアで報道されて、称賛された。
しかし、その夜、この会社は人を雇って、秘かに足爪冷凍品を掘り出し、同社の冷凍庫に戻した。広西検査検疫局はこの情報を得て、冷凍庫の中の足爪冷凍品を封鎖した。
メディアや住人が騒ぎ出すと、同社は従業員2名が勝手にやったとシラを切ったが、彼らが会社から命ぜられたと自白しても、なおあの手この手で言い逃れをした。
周勍氏は、韓国で粗悪な餃子を作って、ソウルの橋から身投げした社長の話を含めて、こう述べている。
この日本と韓国の二つのケースは、いずれもわれわれの隣国国民であり、われわれが平素その国名を聞くと理由もなく見下げ、国名の前に「小」をつけたがる国(小日本、小韓国のように)だが、彼らの「死をもって謝罪する」道徳観と、「しらばっくれて恥知らずに生きる」だましのロジックの間には天と地ほどの違いがある。
■9.「民信なくんば立たず」■
悪質な食品業者は消費者を騙し、悪質業者を取り締まるべき地方役人は、中央政府を騙す。中央政府も、こうした事実の報道を統制することによって、国民を騙している。現に周勍氏の本も書店での販売は差し止めになっている。
国中が騙し合いをしている原因を中国人の民族的特質に求めるのは間違いだろう。香港やシンガポールでは、こんな事はないからだ。
周勍氏は言う。
ウソで国を治めるのは独裁専制国家の統治者の大きな特質である。スターリン、毛沢東からサダム・フセインまで、例外はない。
孔子は「民信なくんば立たず」と言った。国民が政治を信頼できなければ国家は成り立たない、という意味である。中国人民が共産党独裁政治から解放され、安心した食生活を送れる日が早く来ることを祈る。
(出典:伊勢雅臣)
- 2008/01/22(火) 06:00:07|
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2008年景気展望(1) 戦後初のスタグフレーション到来か
政府や日銀によれば、2007年は景気拡大が6年目に入り、戦後最長の息の長い景気拡大が続いたとしている。しかし、一般国民にはそうした実感はなかっただろう。
おそらく、何年もたってから振り返ってみると、景気が後退に入った年として記憶されるに違いない。そして、2007年は格差の拡大と定着がなされた年でもあった。
国税庁の調査によると、給与所得者の平均年収は9年連続の減少。年収200万円以下の給与所得者が21年ぶりに1000万人を超える一方で、高額所得者は増加した。つまり、中流が崩壊して、上流と下流が増えるという近年の傾向が続いたのである。
平均収入の減少は非正社員が増えたことと大きく関係しているが、では正社員は安泰なのかといえばそうではない。夏のボーナスは3年ぶりに減少し、冬のボーナスも増えたのは一部の大企業だけで、平均値は減少した。これは、年収の減少が正社員をも襲ってきたことを意味している。
こうした収入減に加えて、2007年は増税にも見舞われた。定率減税が完全に廃止され、税源移譲にともなって住民税がアップ。多くのサラリーマンの場合、所得税率が10%から5%に減少する代わりに地方税率は5%から10%に上昇した。
合計の税率が変わらないので、損得がないようにみえるがそうではなかった。地方税は前年の所得にかかる税金であるため、税率アップは2007年分の所得分(つまり2008年の納税分)から課すべきなのだが、1年繰り上げて増税されてしまったわけである。そして、定例となった社会保険料負担増もあった。
収入減に増税が加わって国民の可処分所得を減らしたわけだから、消費が増えるはずはない。2007年の景気が力強さを欠いたのは当然のことである。
ひたすら景気が悪化した2007年
2007年の景気が力強さを持たなかった理由は、可処分所得の低迷だけではない。2月に日銀が2度目の利上げに踏み切ったのは100%の失敗であった。利上げの時期を見誤ったことで、じつにきれいにマイナスの効果がでた。
せっかくデフレ脱却が見えていたのに、その2月から消費者物価指数の対前年伸び率が再びマイナスとなり、日本経済がデフレに戻ってしまったのだ。
さらなる不幸は米国発のサブプライムショックである。全米で200万人以上のローン破綻者が生まれたため、サブプライム・ローンを組み込んだ証券は暴落し、証券を買っていた金融機関は大損をした。このことが、国際的な金融不安につながり、日本の株式市場の低迷にもつながっていったのである。
米国の住宅バブルが崩壊すると、その資金は原油市場に流れ込み、原油価格の高騰を招いた。1バレル=100ドルという極端な原油高騰の原因は、中国やインドでの需要増大ではなく、原油価格を支配しているニューヨーク市場に膨大な投機マネーが流入したことにほかならない。
原油高騰の後、マネーは次の商品へと投機先を求め、穀物、大豆などに流れ込み、バイオ燃料の需要増大による穀物価格の高騰に拍車をかけた。
こうしたことが弱っていた日本の景気の足腰を直撃し、11月には日経平均が1万5000円を割り込むまでになるのである。
景気後退を示す象徴的な数字は、11月に発表された9月分の景気動向指数の先行指数だろう。半年後の景気を示すとされる先行指数は、速報段階でも、改定値でもゼロとなったのである。つまり、新規求人数や東証株価指数など、先行指数に採用されているすべて指標が悪化したのだ。これは、実にバブル崩壊直後の1991年以来16年ぶりのことである。
こうしてみると、2007年は年初の好調をピークとして、以後はひたすら景気が悪化した1年だったということが分かるだろう。
収入減少と物価上昇は今年も続く
それでは、2008年の景気はどのようになるのだろうか。
日銀が2007年10月31日に発表した展望リポートによれば、政策委員の予測中央値は、2008年度の消費者物価指数(生鮮食料品を除く)が前年比0.4%の上昇。実質経済成長率が2.1%であった。2007年4月時点の予想と比べると、消費者物価上昇率は0.1%の下方修正となったが、成長率見通しは2.1%で変わっていない。
ちなみに、2007年度の成長率見通しはどうかというと、4月時点の見通しより0.3ポイント引き下げて1.8%とした。つまり、2007年度は1.8%成長、2008年度は2.1%成長と見ているのだ。
これはどういうことかというと、日銀は2007年度よりも2008年度の経済成長が加速すると見ているわけだ。相変わらず順調に景気が拡大していくという安定成長路線を描いているのだが、本当にそんなにうまくいくのだろうか。
どう考えても、そううまくいくはずがないとわたしは思っている。少なくとも庶民の生活はバラ色どころか、厳しくなる一方であり、消費が拡大することは望めないだろう。なにしろ、昨年10月に消費者物価指数がプラスに転じたあとも、値上げが相次いでいる。菓子、パン、灯油、タクシー、ビール、牛乳など、ありとあらゆる商品が値上げを実施したか、あるいは予定している。
この物価高の根本が原油価格の上昇にあることは、ご承知の通りである。表面的には、以前の石油ショックと似ているのだが、決定的に違うのは、物価が上がっても労働者の給料が上がらないということだ。
かつては、物価上昇にスライドして賃金が上がっていくシステムがとられていた。そのために、労働者の賃金上昇がさらに物価上昇を招くというスパイラルを引き起し、狂乱物価の原因となってしまったわけである。
では、いまは何が起こっているか。原材料価格が上昇した分を、小売店が転嫁できない状態なのである。「第107回 食料品値上げ、狂乱物価より心配なこと」で述べたように、消費者の所得が減っているなかで小売価格を値上げしたら、とたんに客離れを起こしてしまうからだ。
そのために、すべてを転嫁することはできず、どうにもしようがない分だけ価格を上げているというのが実情である。
実際、昨年7−9月期の法人企業統計によれば、経常利益は20四半期ぶりに減益になっている。そして、粗利が減ってしまえば給料は十分に払えない。ない袖は振れないから、冒頭で述べたようにボーナスが減少する。こうして労働者の給料はさらに減っていくのである。
家計、株式市場ともに我慢の時期が続く
物価が上昇しているのに給料が減っていくという状態は、このまま2008年も続いていくだろう。少なくとも春闘までに解消される見通しはまったくない。恐ろしいことだが、これまで戦後日本が一度も経験したことのない「スタグフレーション」(不況下の物価高)が進行する可能性がある。
各企業の賃上げ率は今後2カ月ほどで決まっていくが、こうした環境のもとで賃上げ率が上向くことは期待できない。しかも、ボーナスについては春の時点で夏冬の分を同時決定する企業も多い。となると、2008年度の収入が大きく増えることはないだろう。むしろ減る方向にあると考えたほうがいい。
一方で、一度動き出した物価上昇は止まらない。あまりにも悲観的に過ぎると言われるかもしれないが、どう考えてみても2008年前半は家計の身動きがとれなくなるのが目に見えている。
株式市場に目を向けてみると、重要なポイントは2008年早々に明らかになる2007年10−12月期の決算だ。ここで、サブプライム関連の損失が7−9月期よりもはるかに大きく出てくると、株式市場が動揺して株価はしばらく低迷することが予想される。
悪い予想ばかりが先立ってしまう2008年だが、夜明けの来ない夜はない。景気の悪化は今年の前半で底を打つとわたしは見ている。なぜなら、前半に悪い材料が出尽くすからだ。
後半については、家計に劇的な向上は望めないものの、少なくとも日本経済全体は、金融当局の失策や世界規模でのハプニングがない限り、後半から上向いていくことだろう。
(出典 :
経済アナリスト 森永 卓郎)
- 2008/01/21(月) 06:00:01|
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このサイト、著作権が切れている映画やドキュメンタリー作品が
おいてあるよ、と聞いていってみました。
古い映画ばかりかなーと思ったら2003年のものがありました。
朝から1本観てしまいました。
すごい時代だよね。
パソコンで映画を楽しめるなんて。
しかもタイトルもけっこ多いよ。
Free Movies & Documentaries - Watch free movies online
- 2008/01/20(日) 11:11:24|
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南国のカヲリ、ココナッツの香りはいかが?
なんだか、気分がとろ〜り とろけてしまいませんか?
こんにちは!トラックバックテーマ担当本田です。
今日のテーマは「あなたの好きな香りを教えてください」です。
自称匂いフェチの本田です(笑)
もちろんいい香りも好きですが、一般では臭いといわれる匂いも、
好きだったりします(笑)
新聞や雑誌のインクの匂い、好きな人の体臭など・・・
ここでは恥ずかしくっていえないような匂いも大好きです(笑)
ここ最近、大事にしている香水があります...
第422回「あなたの好きな香りを教えてください」
- 2008/01/20(日) 02:06:16|
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リスクを取れる人材をどう育てるか
街を歩く会社員たちの顔を見ていると、昔はいなかったような顔つきの人を見かけることが増えた。
まず、とても賢そうな女性がキッとした顔で歩いている。その人たちはたいてい外資系、その中でも金融証券業に勤務している。毎日数字やウェブの画面を見て、一瞬の決断で売り買いして、結果を出さなければいけないのだから、顔が険しくなるのも分かる。
外資系の会社はそういう人たちを成果主義で管理している。管理している人たちも経営陣から管理されている。経営陣のトップにいるのは米国人や英国人、インド人などなど。外資系の社員はそういう生活をしているから、ボーナスの額も大きく上下する。
彼らは、ひと勝負してたくさん当てたら早く引退したいらしいが、街を歩いていると、日本にも彼らのような人たちが現れたなと感じる。
日本は今や対外債権国になっている。だから、海外で運用して利益を上げることが大きな商売になっている。その運用益は、英国が3%台後半程度、ところが日本は2%台後半程度でしか回してないと聞いたことがあるが、最近の数字では英国5%、日本4%台に上昇している。そんな数字を正確に出せるのかどうか少し疑問だが、ともあれ運用のやり甲斐がある時代になっている。
リスクからリターンを得る人に成功してほしい
昔から英国は金融で世界に冠たる国であった。その結果もあって最近では1人当たりGDPが日本より上になったらしい。
かつて英国の1人当たりGDPは日本の半分だった。やはり金融、証券で回復したのだろう。金融、証券は国家全体を潤すくらいもうかる商売だということか。昔はロンドン、その前はアムステルダムが金融、証券業の中心だった。日本はそういう経験がなかったので、いまだに運用は下手である。
にもかかわらず、海外資産運用高では、おそらく日本がトップである。つまり、金を世界一貸している国が日本で、借りている国が米国で、そして運用国が英国である。そして日本も運用国になりかけているから、険しい顔をしたサラリーマンが増えているのである。
わたしはそういう人に成功してもらいたいと思っている。みんなで応援したいものだと思っている。
どういう人がリスクの中からリターンを得ることができるのか。日本人はそれを議論したことがない。そういう人はただ嫌われる。成功したら嫌われるし、失敗したら「それ見たことか」と言われる。
しかし、日本の金融、証券業が活性化する方向に向かうなかで、それに取り組む人が増えてきたのだから、そうした人に対する見方も少し考え直さなければいけない。そして運用する人や法人に温かい行政・法制・税制を打ち立てねばならない。それから運用の本質や実際を教えられる大学と教授が必要だが、たぶん日本人にはいないだろうから、お雇い外国人として英国人やユダヤ人やオランダ人を招く必要がある。
日本人は人がよいからいつもカモにされている。『日本人が買いに来たら相場は終わり』とニューヨークやロンドンで言われているのがその証拠である。つまり日本人は高値づかみをしている。
女性の方がリスクを取れる条件がそろっている
険しい顔で金融、証券業に取り組むような人たちは、いったいどこから現れてきたのか。その多くは女子大学生である。
男は法学部とか、経済学部とか、文学部とか、商学部とかいろいろ分かれているが、数学と金融をやって大いにほめられて就職したのは女性が多い。女性は何事もまっすぐに取り組む。そして大学で数学や金融を学んで、外資系会社に就職する。
大雑把な言い方になるが、イチかバチかの勝負はどちらかというと女性の方がトライする。なぜなら、一般的に女性は男性を養うわけではないからで、家庭がある男性はそれほど大きな冒険はできない。
かつて社会党が「この次は絶対に社会党の時代だ。大量当選するぞ」という時に、立候補者を集めたら女性ばかりだったことがある。男性は落選したら困るけれど、女性は落選してもそれほど困らない。小泉チルドレンや小沢チルドレンにも同じことを感じる。
つまり、リスクを取れる条件は女性の方がそろっている。そこで考えるべきなのは、彼女たちが持つべき精神状態である。だが、そういうことは誰も言わない。「海外をもっと広く見ろ」とか、「情報を集めろ」とか、「インテリジェンスを持て」とか、そんな程度のことしか言われていない。
「公式見解」しか話せない人が多すぎる
では、インテリジェンスとは何か。わたしは今まで77年間生きてきて、こうしてコラムを書けと頼まれたりしているのだが、それほどのインテリジェンスがあるかないか、自分では分からない。それでも人と出会って話をすると、多くの日本人はあまりインテリジェンスがないなと思う。
外務省の人でも、警察の人でも、防衛庁の人でも、大臣経験者でも、話しているのを聞いていると、「そんな浅はかなことでいいのかね」と思ってしまう。
単にインフォメーションの流通の取り次ぎをしているだけである。内心ではもっといいことを考えているのかもしれないと思って付き合うと、1割くらいはそういう人がいるが、あとの9割は、自分でも何だか分からずに公式見解を話している。
いつまでたってもマスコミ情報の受け売り、公式見解。個条書き、大学で教えるような話、黒板の上の理論、あるいは外国人から聞かされた話ばかりである。そういう決まりきったことばかり覚えて学校の成績を上げた人が日本の巨大な金融資産を運営していては、利益を外国にもっていかれてしまうのは当然である。
今のところ海外資産運用が3〜4%で回っているのは、社債や国債が多いからだろう。元本保証確定利付きが多いから、パーにはならないけれど利回りが上がっていない。そんな現状に、経済評論家は「もっとリスクを取りなさい」などと言う。
冗談言うなとわたしは思う。本当にリスクを取ってパーになったらどうするのだ。リスクを取って、しかも成功する人はどんな人かを考えるのが先である。
投資教育は外国ファンドの餌食になる子どもをつくる
そもそも運用する人は他人の金を運用する人である。自分の金を運用した経験もないのに他人の金を運用しているから、責任感がある人はノイローゼになって当然である。
本当は自分の金を自分で運用した方が健康にいい。自分の金ならあきらめれば済む。他人の金でも政府の場合は気楽でいい。大臣を辞めればいい。ところが投資信託などの場合には、担当者は上役に怒られる。
投資者は自分の金だから、わりとあきらめてくれる。だが中間管理職のマネジャーは、運用状況が自分の成績だから、気が気でない。それを気にしているような人は、ファンドマネジャーなどになってはいけない。証券会社に入ってはいけない。もともと、あまり日本人に向いている仕事ではないのだ。
リスクを取って金を回して金を生むということに、なぜか日本人は向いていない。文部科学省は小学校からそういう教育をしていない。「自分で働け」と教えている。
それが最近では、小学校であわてて株の架空売買をやらせている。それをパソコンでやらせれば勉強になる、という。わたしはそれではダメだと思う。
株の架空売買などを学校でやらせると、たまたま成功したのを自分の才能だと勘違いして、親の金を持ち出して株を買うような子どもが出来てしまう。それこそ外国ファンドの餌食になる子どもをつくっているようなものだ。
実体経済を勉強させる教育方法
そんなバカな教育を文部科学省はなぜ推奨するのだろうか。本当に金融や証券に強い子どもを育てようと思うなら、もっと違ったアプローチがいい。
わたしの学生時代の話だが、大金持ちの息子が、「喫茶店を買った」とか「飲み屋を買った」などと言っては、そこへ連れていってくれた。彼は親から、4年分の学資を「これで4年間暮らせ」と一括でもらっていた。だからそれを投資して増やそうと思って、喫茶店を買ったり飲み屋を買ったりしていた。
それが、2、3年経つとみんなパーになってしまって、彼は卒業できなくなった。それで家に帰って親に頭を下げて、残りの1、2年分の学資をもらって、卒業して官僚になった。
おそらく、親の方は織り込み済みだったのだと思う。喫茶店や飲み屋などをやっても、友達が来てタダで飲んで帰るだけで、にぎやかだったけれど、みんなタダ飲み客ではもうからない。
そこで家業を継ぐのは弟になり、彼は勉強して官庁へ行く道に進んだ。ふるい分けの実地テストに落ちたのである。
そういう教育の方が、よっぽど子どもの身体に染み込む。本当に金融、証券業に強い人材を育てたいなら、そういう教育をすべきだろう。パソコンの画面で学ぶより麻雀でもした方がよっぽど勉強になる。
安倍元首相は英国の諜報機関M16と同じものが日本にも必要だと考えて日本版NSCをつくろうとしたが、福田内閣になると塩崎氏と小池氏の主導権争いが先立って、結局は中止になってしまった。そんなことでよいのか。インテリジェンスがなく、インフォメーションもなく、データだけが頼りの資産大国では運用が成功するはずはないから、担当者の顔が険しくなるのも無理はない。
(出典:
東京財団前会長 日下 公人)
- 2008/01/14(月) 06:30:00|
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冷え始めた日米同盟
新しい年、2008年の冒頭に米国の首都ワシントンから日本を眺めると、まず日米関係の暗雲がレーダースクリーンに浮かび上がるようだ。広範な日米関係のなかでも核心となる安全保障のきずなである日米同盟に、深刻な陰りが差してきたようなのである。
つい半年前の2007年夏ごろまで、日本と米国とは安全保障の基盤を主体に、ますます連帯を強くしていくかにみえた。しかもそうした動きはそれまで数年もの間、着実に進んできた。小泉政権、安倍政権の時代には、日米両国の関係、とくに安全保障面での同盟関係は、戦後でも例がないほど堅固になりつつあったのである。
ワシントンでは小泉政権と安倍政権の時代には「日本は米国にとってアジアの英国になる」という標語風の見通しがよく語られた。「アジアの英国」とは、米国にとって日本が「特殊な関係」とさえいわれている米英同盟の固い連帯の相手である英国に等しい存在になるという展望の比喩だった。この標語はかなり現実味さえ帯びていた。ところがいまではすっかり色あせたスローガンとなったようなのだ。
2008年はこうした昨年夏ごろまでの日米同盟の強化の時代とは打って変わって、両国関係のその同盟面がむしろ冷却するという予兆が明白となってきた。既に冷却してきたと述べても間違いではない。その原因や理由を説明しよう。
第一はまず、日本側の米国に対する姿勢や政策の変化である。この変化は激変ともいえよう。
安倍政権の崩壊で変わる日本
まず安倍晋三氏の唐突な首相退陣が大きな変動の要因となった。安倍氏は米国との同盟を強めるという形で日本自身の防衛や安保の努力を増強するという政策を推進してきた。憲法改正をもはっきりと視野に入れての「普通の国」を目指す路線である。その背後には民主主義や人権、自由という基本的な価値観を米国だけでなく、その同盟諸国であるオーストラリアや英国などとも共有するという姿勢があった。
ところがその安倍政権が昨年9月に崩壊した。小沢一郎氏が率いる民主党が同年7月の参議院選挙で大勝するという事態に連動させられた展開だった。その結果、反米的姿勢をみせ始めた小沢一郎氏の主導する民主党がまず日本の自衛隊のインド洋での米国などの諸国連合による国際テロとの戦いに対する支援を打ち切ってしまう。
しかも安倍氏の後継首相として登場した福田康夫氏は、日米同盟に対しては腰の引けた姿勢しかとっていない。増強とか強化という取り組みからはほど遠い。福田氏も自民党の古参政治家だから日米関係重視、日米同盟堅持という基本政策にはきちんと同調してきた。だが防衛や安全保障というテーマ自体には年来、きわめて消極的である。しかも民主主義や人権尊重を外交の基盤にすえるという価値観重視の構えはまったくない。福田氏の政治指導者としての言動には、一党独裁の中国も、民主主義の米国も、同様に扱いかねない融和外交の気配がいつもうかがわれるのだ。
だから日本を「アジアの英国」として、米国が信頼し、依存できる同盟相手にするという発想などツユほどもないだろう。それはそれで見識のある政治理念だろうが、これまでの日米同盟の堅持と強化という観点からすれば、後退ということになる。
「自衛隊のインド洋撤退はきずなを弱める」
第二は、米国側の日本の変化への反発である。もちろん、この反発は第一の要因と表裏一体となっている。
日本の海上自衛隊の艦艇は11月はじめにはインド洋から完全に引き揚げてしまった。前述のように小沢一郎氏主導の民主党の意向の反映である。米側ではこの動きに党派を超えた批判が表明された。米国側の対日姿勢も多様ではあるが、日本のインド洋での海上給油活動の停止は国際テロ闘争からの離脱として米側では超党派の失望が表明された。
例えば、あらたに国防総省のアジア太平洋安全保障担当の次官補となったジェームズ・シン氏は昨年12月中旬の政策表明で「日本の海上自衛隊の給油活動中断は日本の国際安保活動の後退であり、失望を禁じえない」と述べた。シン氏は日本とのかかわりが深く、日中間の種々の紛争でも日本の立場に一貫して理解を表明してきた人物である。
ブッシュ政権の対アジア政策の形成に関与してきたマイケル・グリーン前国家安全保障会議アジア上級部長も批判を隠さなかった。
「今回の自衛隊のインド洋撤退はここ数年、強化されてきた日米安全保障協力のきずなを一気に弱め、日本の米国以外の戦略パートナーからの信頼をも失わせる」
民主党系からも日本への非難が出た。日ごろはブッシュ政権に批判的なワシントン・ポストの社説が次のように論評した。
「小泉首相はかつてインド洋への自衛艦派遣により日本の経済力に見合った国際安全保障上の責任を請け負った。日本側がその政策をいま目前の党派政治の利害のために逆転させることは米国だけでなく、国際社会にとって、日本への信頼性に損害を与えることになる。安倍首相の辞任は小沢一郎氏らに対し反米感情を悪用することが日本の政治での勝利を得るための策略になるという危険な信号を送ったことになる」
米国側の対日批判はインド洋からの自衛艦撤退だけにとどまらなかった。日本の首相が安倍晋三氏から福田康夫氏に替わったこと自体も、米国識者たちは日本の対米協力政策の後退とみる。
福田氏がそもそも日米同盟の強化には慎重な構えをみせ、中国を刺激しないという抑制の政策をとるという認識からの懸念である。ブッシュ政権に近い大手研究機関の「ヘリテージ財団」中国専門研究員のジョン・タシック氏は「福田首相は対米関係よりも対中関係に、少なくとも当面、より多くの配慮を払うという傾向を感じさせる」と論評した。福田氏がたとえ媚中志向ではないにしても、米国との安保協力の強化を主張することは決してない、という認識は米側アジア問題専門家の間には確立されているようなのだ。
日本軽視、民主党から広まる
第三は、米国側にこのところ目立ってきた日本軽視の傾向である。この傾向は民主党側からまず広がり、共和党のブッシュ政権にまでうかがわれるようになってきた。
米国の民主党側の対日軽視を象徴するのは、大統領選に名乗りを上げているヒラリー・クリントン上院議員の外交政策論文だろう。既にこの連載コラム(第60回:日本軽視のヒラリー論文)でも取り上げたが、同議員が昨年11月に大手外交雑誌に発表した外交政策では、日本自体や日米関係は言及さえなかった。米国の同盟関係について述べた部分でも、日本は登場せず、ひたすら「21世紀の米国にとって最も重要となる国は中国」と強調するのみだった。
こうした傾向は米国の民主党側に広がる日本との同盟関係の軽視、そしてそれと裏返しになったような中国偏重の流れの発露だともいえる。民主党全体としての中国への姿勢は単純ではない。民主党リベラル派は人権問題や貿易問題で中国を激しく非難する。その一方、民主党全体としては軍事問題への関心は低いから中国の軍拡には共和党ほどは警戒をみせない。その結果、日本との安保のきずなも共和党ほどは重視しない、ということになる。
2006年秋の中間選挙で民主党は連邦議会の上下両院で多数派となった。その結果、民主党リベラル派で、中国との縁が深いマイク・ホンダ下院議員が主唱する慰安婦問題での日本糾弾決議案が本会議で可決されてしまった。共和党が多数を制していた米国議会では考えられない事態だった。同盟国かつ民主主義の日本を、70年ほども前の慰安婦問題を理由に糾弾するという姿勢は、対日同盟の明らかな軽視である。この慰安婦決議の採択が日本側でも年来、日米同盟を支持してきた勢力を憤らせ、米国に反発させた。
ブッシュ政権自体が北朝鮮への姿勢を大幅に軟化させたことも、日本の軽視という印象を生んだ。ブッシュ政権は北朝鮮の核兵器開発を防ぐために、北側の核「無能力化」と引き換えに北朝鮮を「テロ支援国家」の指定から解除するという方針を打ち出した。国務省主体の融和外交だった。この解除に対して従来のブッシュ政権は日本人の拉致問題が解決、あるいは解決への進展があることを前提条件とすると言明していた。それが変わったのだ。
「テロ支援国家」指定解除、日本の反発は承知の上
日本としては、米国がもし北朝鮮を「テロ支援国家」の指定から外せば、北朝鮮は世界銀行やアジア開発銀行からの大型経済援助を受けられるようになり、日本の対北経済制裁は骨抜きとなる。しかも拉致というテロ行為の解決なしに、北朝鮮が「テロ支援国家ではない」という国際的認知を受けることになる。だから日本は当然、ブッシュ政権のこの動きには強く反対するわけだ。この点についても、すでにこの連載コラム(第62回:拉致問題、米への直接アピールの成果)で詳述した。
この指定解除の動きについて日米関係にくわしい米国議会筋が論評した。
「ブッシュ政権は日本が北朝鮮のテロ支援国家指定解除に絶対反対しているのを知りながら解除へと進もうとしている。その結果、日本側の反発が強ければ、日米同盟に悪影響が及ぶことは必至となる。ブッシュ政権の少なくとも国務省はそれでもなお解除への動きをやめようとしない。この動きは日米同盟を冷却させ、両国の安保協力の将来に不吉な暗雲をもたらす危険がある」
2008年冒頭の以上のような状況は日米同盟に戦後でも先例のない厳しい試練を突きつけているといえよう。
(出典:国際問題評論家 古森 義久)
- 2008/01/13(日) 06:30:00|
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「今年の目標っていつ決めてますか?」
うちでは毎年、お正月の元旦に
家族が一年の抱負を述べることにしています。
どちらかというと、
家族間でのつきあいに
テーマがフォーカスされているようで
たあいもなく「仲良くしよう」とか
「ちょっとしたことで、腹をたてない。ケンカをしない」などです。
まそれだけ平和な証拠なんですけどね。
そういえば、
最近下の子がカクシゴトをするようになってきました。
学校であったことを正直に言わなくなってきたのです。
友達にぶたれたりしたことを隠そうとするようです。
ま親に心配をかけないようにしているのだろうし、
とくにイジメでもないようなので
様子をみてますけど。。
- 2008/01/12(土) 10:00:08|
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コソボに見る21世紀の国家の形
2007年12月中旬、欧州のEU外相理事会でコソボ問題が話し合われた。コソボ問題とは、言うまでもなくセルビアにあるコソボ自治州独立の問題だ。EUの多くの国では、コソボ自治州を独立させてやろうという考えである。ある意味では「余計なお節介だろう」という気もするのだが、多くのEU諸国は独立を支持することを提言として出しているのだ。
英国、ドイツ、フランス、イタリアなどは、「交渉は行き詰まった」と言い、EU単独でも独立容認を検討する考えでいる。それはフランスのジュニ・欧州問題担当大臣の「フランスは、コソボの独立宣言が不可避だと信じている」という発言からも推し量れるだろう。コソボ自治州は一方的に独立しようとしているが、それに理解を示したものといえる。
それに対して、もう一方の当事者であるセルビアは、当然ながら独立には反対で、「戦争も辞さず」という姿勢を崩していない。ロシアもまた、独立に反対の立場である。
コソボ問題は、1999年のユーゴ空爆のころに日本のメディアでも大きく取り上げられたのだが、最近ではイラクやアフガニスタンなど他の戦争、紛争の陰に隠れて目立たなくなってしまっている。今回は、このコソボ問題について解説していこう。
国がいくつにも分裂していく
まずコソボ自治州の独立問題とはどのようなものであったかを振り返ってみたい。
バルカン半島に位置するセルビアは、昔はユーゴスラビアと呼ばれていた。今よりもずっと大きな国だった。ユーゴスラビアは地域ごとに共和国になっていて、それぞれに大統領がいた。そしてユーゴスラビア全体を統括する大統領(コソボ紛争のときのミロシェビッチ大統領がこれにあたる)が別に存在していたのである。
ユーゴスラビアでは、多くの民族や宗教が混在していた。そのため共和国ごと、地域ごとにいろいろな顔を持っていて、国内の紛争も絶えなかった。その結果、90年代に入ってから独立が相次ぐ。スロベニア(1991年)、マケドニア(1993年)、クロアチア(1995年)、ボスニア・ヘルツェゴビナ(1995年)、モンテネグロ(2006年)という具合で、残されたセルビアも独立宣言をし、現在に至っている。つまり、現状でさえも旧ユーゴスラビアから六つの独立国が誕生した状態ではあるが、そのほかにコソボも独立させてしまおう、というのがEUの考え方である。
理由はさまざまにあるとしても、それでも一つの国がこれだけ多くの国に分かれてしまったわけだ。このバルカン地域を何回か旅行しているわたしですら「こんなことがあるのか」と驚くような成り行きである。変遷の過程で「セルビア・モンテネグロ」という国名であった時代もあるのだが、とにかく「ハイフン」でつないでいた地域がバラバラに独立してしまった感じだ。
もっともマケドニアは、ギリシャにも同名の州があり、これがアレクサンダー大王の出身地でもあるので、その名前を先にとってしまおうという駆け引きがあった、とわたしのギリシャ人の友人たちは悔しがっていた。つまり旧ユーゴの各地の混乱に乗じて、またセルビアの力の衰えに付け入って、“夜陰に乗じて”独立したような気軽さなのである。
スロベニアの成功が刺激に
なぜこんなことができるかというと、大きく分けて二つの理由がある。一つはスロベニアの独立が成功したことである。人口200万人しかいないスロベニア(首都・リュブリャナ)は独立したあとにハイパーインフレなどの苦渋を味わったが、ユーゴ北部の工業地帯でもあったために貿易は黒字に転じ、経済政策もしっかりしたものになって、いち早くEUに加盟し、続いて通貨もユーロに切り替えてしまった。いまでは新興EU加盟国の優等生といわれている。
つまり、もしEUに入れる可能性があるなら、そして「やがてはユーロ」ということになるのであれば、国の大きさは関係ない。ルクセンブルグなどは人口も46万人と小さいが、EUの有力メンバーである。また今ではEUのほかにもEEA(欧州経済領域)というものがあり、アイスランド(人口30万人)やリヒテンシュタインなどはEUに入ることは拒否しているが、経済的にはいろいろと互恵関係を結ぶということも可能になってきている。特に人口3万4000人しかいないリヒテンシュタインはスイスの拒否しているEEAには加盟しながら、通貨はスイスフランである。
だから、昔のように一定の大きさでないと国が経営できないという観念、そして最大公約数を取ることに伴うさまざまな(人種的、宗教的、政治的)妥協などするくらいだったら、まとまりのいい小単位で独立し、経済政策を充実させて外資を呼び込み、その勢いでEUに加盟しようというゴール(着地点)が見えるのである。これが一種の安堵感となり、いまこうした小国が煩わしい歴史的絆を断って独立、という選択肢につながっているのである。
新しいEU加盟国であるブルガリアやルーマニアを見ていても世界中からカネが流れ込み、いまでは不動産を筆頭に相当なバブル経済となっている。これらの国は賃金が月300〜500ドルくらいのレベルであるから、裕福なEUメンバーの10分の1以下である。にもかかわらず、ソフィアやブカレストには1億円のマンションが次々に建てられている。ブルガリアはこの1月1日から所得税を10%のフラットタックスにしてしまった。多くの旧共産圏諸国(ロシア、バルト三国、カザフスタンなど)がそうであるように、フラットタックスにすると地下経済が地上に出てくるし、金持ちには多くの可処分所得が残り消費・景気が盛り上がる。
そのほかブルガリアは低所得税にすることによって富裕層が引っ越してくることを狙っている。既にお隣のトルコやギリシャの経済人も頻繁に訪れているが、イズタンブールからソフィアまでクルマで4時間。ブルガリア側に高速道路が出来れば3時間くらいで東京−軽井沢の距離である。所得税が10%なら居住地を移そうという人が出てきてもおかしくない。EUという巨大経済圏の中にあっては、小国には小国の知恵と機敏さが有効だ、ということを皆学んでしまったのだ。
クロアチアはその風光明媚な海岸と情緒溢れる都市(ドブロブニク、スプリット、シュベニック、オパチア、ロブニなど)から欧州でも有数の観光地になってきているし、英国人などの老後の住まいとしても古い家屋が飛ぶように売れている。その南隣のモンテネグロも独立するやいなやロシアからの投資が殺到し、いまではリゾート開発などをロシアの金持ち企業が行う、という盛況である。
同じことは伝統的にロシアの金持ちが資金隠しに使ってきたキプロスでも起きている。キプロスはかって1974年にトルコとギリシャの支配する地域がお互いに母国を巻き込んで戦争をし、84年には北キプロス・トルコ共和国が宣言されるなど紛争の絶えない地域であったが、今では74万人の人口の85%を占める南部のギリシャ語地区はEUのメンバーとなり、今年1月1日からマルタとともにユーロ通貨に参加した。観光、経済ともに好調である。
独立しても差し障りはない
コソボがなぜ今独立か、という問題を考えるときに、伝統的なセルビアとの問題、宗教対立、などの延長で考えるよりも、EUという大きな機構が経済的なセーフティネットとして機能し始めている、と考えることが重要である。小国であっても“独立して経営していける”という事例が次々に周辺諸国、しかも、一昔前の連邦形成国、あるいは紛争地で実証されていることが大きい。
ちなみにコソボはこうした小国の一つではあるが、人口は200万人くらいになると推計されており(独立を恐れるセルビアが正確な統計データを公表していないため推計しか分からない)、そのうち90%がアルバニア系であるといわれている。セルビア政府の統計では66%、ということであるが、これは今から40年くらい前の数字であるといわれている。コソボの独立運動をしてきた人々は、独立後に隣のアルバニア(人口300万人)と合体してアドリア海へのアクセスを確保し、人口500万人というバルカンでは大国として生きていこう、と考えている人も少なくない。
EUにとってはコソボがテロリストの温床になるのだけは避けたい。いままでは主としてセルビアに対するテロ攻撃であったが、イスラム系ではあってもヨーロッパ人と同じ顔かたちをしている(オスマン・トルコ時代に改宗したインド・ヨーロッパ語族のイリュリア人)ので識別が困難、という問題があるためにコソボの取り扱いを間違えると欧州中で収拾がつかなくなると思っている人が多い。
先になぜ旧ユーゴの連邦を形成していた共和国や自治州が独立を指向するのか、という理由が二つあると言ったが、二番目の理由は独立したい、という必要条件ではなく、独立しても余り差し障りがない、という十分条件側である。
つまり戦後一貫して、特にチトー大統領の下では強固な第三世界のチャンピオン=ユーゴスラビアという連邦制を取っていたので、分裂してしまってはうまくいかない部分が出てくるのではないか、と考えられる。例えば日本が五つに分裂したらトヨタ自動車はどうなるのか、JR東日本やNTT東日本などの概念はどうなるのか、社員は、ブランドは、株主は?――という問題が起こる。そもそも社長が名古屋共和国、となったら大阪共和国の社員は心配しないのだろうか、ということである。また全国ブランドや商権をそのまま他の共和国でも使えるのか、という問題もある。そもそも、名古屋共和国の株式市場に上場した会社の土地、ブランドなどの所有権を他の共和国は認めるのだろうか?
この点、現地に行っていろいろ聞いてみたのだが、全く問題となっていない。理由はどうやら、旧ユーゴスラビアが資本主義経済ではなく会社の所有が社員のもの(その定義も曖昧なものではあるが)であったため、仮に全国展開していた会社が分裂しても工場毎にその土地の社員が所有するということになるので、新しい国境に基づいてすっぱりと縦に線が引ける、ということである。販売ネットワークなどに関しては本社が所有したければし、したくなければ放棄する、という海外事業の国別オペレーションのような感じである。
また、ブランドに関してはもともとそれほど強いブランドがなかったこともあり、新しく生まれら地場の会社のブランドを喜んでつけるという。だから北部のスロベニアのようにユーゴスラビア時代から工場、すなわち本社をたくさん持っていたところが有利になるということでもあり、貿易もすぐに黒字になるということでもある。
ボーダレス化と世界の余剰資金
一方、そういうものが無く、もともと経済植民地みたいな所は地場企業もないので、外資に積極的に入ってきてもらい自由気ままにやってもらうという、まさに規制緩和を超えた、規制撤廃、という大胆な政策がとれるということである。
モンテネグロ、マケドニア、そして(独立すれば)コソボもそうした政策を推し進めるであろう。コソボは欧州では数少ないイスラム圏となるはずであるから、中近東のオイルマネー、イスラム金融を狙った政策を次々と打ち出すであろう。EUに入ればトルコのEU加盟の試金石ともなる。
また経済人は経済人で政治とはかけ離れた行動をとっている。例えばわたしの知るモンテネグロ人のある商売人は主としてクロアチアで輸入代理店を営み、そのカネでロシア人に負けないように(経済開発の遅れている)モンテネグロの不動産を買い漁っている。住居はモンテネグロとクロアチアのオパチアである。また豪華クルーザーを持っており、外国の経済人を招待しては旧ユーゴスラビア全体の(有名ブランドなどの)販売権を取得する、というワンパターンで成功している。おそらくそうした(東南アジアにおける華僑のような)“広域ユーゴ人”が小さな国を越えてバルカン全体で経済的には支配力を増してゆくのであろう。
ロシアがコソボ独立に反対する理由はまさにこうした小国の独立が自分たちの抱えるチェチェンや南オセチアの問題と二重写しになるからである。ましてやコソボの独立が成功したら、ロシアのイスラム地域を勢い付かせる、との危惧があるのは想像に難くない。またルーマニアやブルガリアのような貧しい旧共産国がEUメンバーとして生まれ変われば、ベラルーシ、(西部)ウクライナ、グルジアでもEU加盟の動きが加速するであろう。
そうしたさまざまな国のさまざまな思いが錯綜するのがまさに欧州の火薬庫と呼ばれたバルカンである。しかし、第一次世界大戦のころと決定的に違っているのは国民国家という概念が薄くなり、経済はボーダレス化したことである。紛争で疲弊したところにひとたび平和が訪れると世界中から一斉にカネが流れ込む、という新しい状況である。第二次大戦後の復興には米国のガリオワ・エロアという資金の流れが必要だった。いまは凹んだところを虎視眈々と狙っている余剰資金が世界中に6000兆円もある。コソボ=平和=独立=新しい制度設計、という情報だけでグローバルな資金は流れ込むのである。その大きな安全装置がEUやユーロである。
人々が求めるものと新しい国家の形
この新しい流れに、アジアや米国はいまだ気づいていない。19世紀的な国民国家の概念や、自由と民主主義という理念で他国を支配することはできない。
結局人々が求めているのは「豊かな生活+安全+安心」である。コソボのアルバニア人が見ているのは10年前の紛争当時とは様変わりで、民族の自立とかセルビアの呪縛からの解放、ましてやイスラムの大義、などではない。旧ユーゴスラビアの共和国が次々と調子よくグローバル経済に飛び込んでゆく。新しく作られた税制や国家運営のシステムが面白いように受け容れられ、世界から企業や資金が押し寄せる。その先にはEUへの加盟、ユーロ通貨の採用、などが見えている。現にスロベニアはそうなったし、クロアチアやモンテネグロもEU加盟の審査過程に入っている。
つまり、今回のコソボ独立の背景にあるのは民族自立という表だった理由よりも“グローバル経済の恩恵を受けたいという願望”ではないか、というのがわたしの観察である。
そうなると、国家という19世紀の概念にしがみついているセルビアやロシア、つまりコソボ独立反対派は何をしているのか、ということになる。彼らもまたEUに負けない新しい概念を提供して勝負しない限りカネと労力の浪費を続けるだけ、というわたしの予想もまた同時に付け加えておきたい。
(出典:
経営コンサルタント 大前 研一)
- 2008/01/12(土) 06:30:00|
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「食」の世界的潮流は日本型
■稲作こそ精神生活の根源と誇るべし
≪理想的な栄養価に注目≫
欧米の栄養学者により、日本型食生活の良さを注目された時代があった。それは、脂肪、タンパク質、糖質から摂取されるカロリーバランスが理想的であるとされたからである。
今や、寿司はフランス料理、中華料理に次いで世界で最もポピュラーな食事の第3位に入るまでになった。日本食の良さの一つは、米を主食とすることである。米は糖質が多く、一般にはエネルギー源であると考えられているが、米はタンパク質源としてもすぐれている。
米などの植物性タンパク質は、動物性タンパク質に比べ、その栄養価が劣ると考えられている。たとえば、肉、牛乳と米のタンパク質栄養価を比較すると、肉、牛乳のタンパク質栄養価の方がすぐれている。しかし、日本人は米を単品で食べることはまず無い。米と大豆(みそ汁、豆腐、納豆など)を同時に摂取する。この米と大豆の組み合わせが大変よい。米と大豆はお互いに不足する必須アミノ酸を補い、理想的なタンパク質栄養価となる。
そして、日本食は米以外に魚、野菜、海藻などを多く摂取する。土と海からとれたものが食物全体の85%、動物が15%という食事バランスがベストであるとされている。このバランスから考えると、欧米人は明らかに動物性食品をとりすぎである。今や世界の肥満人口は約10億とも言われている。肉中心の食生活がエネルギー摂取の過剰を引き起こし、胃腸を老化させ、病気の原因となっている。
≪発芽玄米はストレスに効く≫
食品はできるだけ、あるがままの状態、たとえば、白米ではなく玄米のまま食べることが栄養と生命力を同時に受け取ることができるのではないか。この考えを実証するため、私どもは実験を開始した。
栄養問題に関心があると考えられる授乳期の女性41名を対象に、発芽玄米を主食とするグループと通常の白米グループに分けて比較した。発芽玄米グループは、母乳中の免疫成分が摂取前に比べ13%増加した。しかし、白米グループはほとんど変化しなかった。また、授乳期の母親に関する、ストレスの指標となる唾(だ)液(えき)中のアミラーゼ活性は、発芽玄米摂取後は低下したのに対し、白米グループは上昇した。さらに、怒り、敵意、うつ、疲労などの感情程度を表す総合感情障害度も、発芽玄米グループでは半分程度に下がったが、白米グループではほとんど下がらなかった。
発芽玄米は母乳の免疫成分を増やし、母親のストレスを抑制することを見いだした。この結果は、ヨーロッパの栄養学雑誌「EGN」平成19年10月号に発表した。これらの研究を突破口にして、日本食は、なぜ心身の健康によいのかを遺伝子レベルで調べたいと考えている。
古来、稲は食物だけでなく日本の風土や文化を象徴する植物であった。田植えや秋の収穫祭などは、すべて稲の収穫サイクルに基づいて形づくられてきた。稲は弥生時代以来の農耕文化を形成してきた植物であり、日本人の精神や生活の根源をなしてきた特別なものである。
≪わが国の文化の遺伝子≫
私どもは、心を変えれば遺伝子のオン・オフが変わると考え、笑いなどの陽気な心が糖尿病患者さんの食後血糖値の上昇を抑え、さらに遺伝子のオン・オフに影響を及ぼすことを見いだしている。このような「心と遺伝子」に関する研究に加え、食生活、特に日本型食生活と遺伝子のオン・オフの関係を明らかにしたいと考えている。
私たちの身体は骨などを除いて、120日もたてば、ほぼ完全に入れ替わる。そのために絶えずバランスの良い食事をする必要がある。私たちの食事は、ほぼすべて動物や植物から成り立っている。毎日、動植物の命をいただいている。動植物をつくっているのは、太陽、水、空気、地球、そして、大自然の偉大な働き(サムシング・グレート)のおかげである。人間は、その働きに少し手助けをしているに過ぎない。
私たちが食事の前に唱える「いただきます」には、動植物の命をいただくことへの感謝、そして、すべての命を生み育てているサムシング・グレートへの感謝が込められている。
言葉は文化を映す鏡である。日本文化の中には、私たち人間の命を支えてくれる動植物やサムシング・グレートに対する感謝の念が含まれていると思う。
伝統的な日本食は世界の栄養学者をうらやましく思わせたのに、最近の調査結果を見ると、特に若年層では理想的な食事から遠ざかりつつある。
このような時こそ、私たちは心の問題も含めて、日本型食生活の良さを見直すべきである。
(出典:
筑波大学名誉教授・村上和雄)
- 2008/01/11(金) 21:55:39|
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■1.ジョン万次郎の語ったアメリカ■
アメリカに漂流して、彼の地で航海術などを学び、日本に戻ってきたジョン万次郎[a]に、坂本龍馬が初めて会ったのは嘉永5(1852)年の末頃であったと言われている。友人に勧められて、万次郎の話を聞きに行ったのである。龍馬18歳の時であった。
万次郎が滞在したヌーベッポー(ニューベッドフォード)という町には何百隻もの巨大な捕鯨船が浮かんでいて、その港の砲台には大砲が20門ほど置かれている。大きなものは口径8寸(24センチ)もある。お城の石垣程度のものなら、弾丸一発で打ち砕いてしまう。蔵にはその砲弾を何千発とも知れないほど収めているという。
軍艦はそんな大砲で撃たれてもなかなか砕けない。1隻に500人ほど乗る船は珍しくなく、戦のときには1500人も乗り込むそうである。
龍馬はさらに航海の術について尋ねた。万次郎は、アメリカで一等航海士という偉い船頭の資格をとっており、地図とオクタント(六分儀)と磁石さえあれば、陸の影も見えない大洋に船を乗り出しても迷わないという。
龍馬は夢の中の出来事を聞いているような気がした。胸が躍ってならなかった。
■2.黒船来る■
翌嘉永6(1853)年、龍馬は剣術修行のために江戸に出た。江戸に着いてまもない6月4日の朝、アメリカの黒船が浦賀沖に現れたという知らせが届いた。万次郎の語ったアメリカの軍艦を直接目にすることになったのである。
旗艦サスケハナ号は長さ約78メートル、幅14メートル、数十門の大砲を備えていて、日本人には巨大な浮城のように見える。そんな黒船が4隻も現れた。[b]
龍馬は土佐藩の品川屋敷のある大森海岸の防備に駆り出され、土手を築き、垣を結んだ。やがて幕府がペリーから受け取ったアメリカ国書の内容は、龍馬たちの耳にも伝わってきた。
蒸気船ならカリフォルニアから、パシフィック・オセアン(パシフィック・オーシャン、太平洋)を渡って18日間で日本に達することができる。カリフォルニアは毎年金6千万ドルを産し、日本の様々な産物と交易を行えば互いの利益になる。また日本沿岸で捕鯨を行うアメリカ船舶が、日本で石炭、水、食料を補給できるようにしたい。そのために通商交易条約を結びたいというのだ。
日本がそれに応じなければ戦争を仕掛ける、という姿勢で、黒船は品川沖で空砲を鳴らし、沿岸に詰めかけた数万の諸藩兵を驚かせた。
アメリカは近頃メキシコと戦争をして、カリフォルニアを含む領地のおおかたをとってしまったが、その理由はメキシコがアメリカの蒸気船に領地の海辺に近寄るのを咎めたためであるという。
■3.「外国と通商することがなぜいけないのか」■
龍馬が江戸で師事していたオランダ砲術の権威・佐久間象山は、こう主張していた。
今戦えば我らに勝ち目はない。ひとたび敗れたときは皇国は滅亡、我らは異族の奴隷となるのだ。
江戸の沖に常に5、6隻の黒船がいて、大坂からの千石船を捕らえ、米などの消費物資の海上輸送を遮断すれば、江戸は10日ももたない。廻船の輸送量を牛馬によって陸路で運ぶことは不可能である、と言う。
確かにそのとおりであると龍馬は思った。今はアメリカの要求を入れて通商を行い、それを通じて国力を養って、国防力を充実させるのが、日本の生きのびる道である。
一方、ジョン万次郎は幕府の老中たちに意見を聞かれて、アメリカが日本を攻め取ることはないと答えていた。カリフォルニアのように莫大な金が算出する国であれば戦を仕掛けることもあるが、日本はそれほどの物産はなく、また遠い。軍艦を何十隻も派遣して攻めるよりも、仲良くして石炭などを分けて貰うのが得である、とアメリカは考えるはずだという。
龍馬はこれもまたその通りだと思った。龍馬が幼い頃によく遊びに行っていた遠縁の廻船問屋は江戸に米や鰹節などを運ぶ千石の大廻し船を何隻も運用して、大きな利益を上げていた。
外国と通商することがなぜいけないのか、と龍馬は考えた。
■4.「自由な大海に漕ぎ出したい」■
およそ1年ほども江戸に滞在して、龍馬が高知に帰ったのは、安政元(1854)年6月下旬のことであった。翌年正月に龍馬は河田小龍を訪れた。河田はジョン万次郎を自宅に寝泊まりさせて、聞き書きを行っていた人物である。
河田は「このような非常のときに一つの商業を興してはどうじゃ」と龍馬に薦めた。そして万次郎から聞いた話をもとに、こう語った。
アメリカじゃあ商業の元手をこしらえるのに、株仲間のような者を大勢集め自在に大金を融通しゆうがじゃ。お前(ま)んらぁがそこのところを工夫して、株仲間を何とかしてこしらえて一隻の蒸気船を買うてみい。
同志を募り、日本中を往来する旅人やら諸藩の蔵米、産物を運んだら、蒸気船運航に使う石炭、油の費用や同志の給金を払うことができるろうが。
そうやって操船の稽古をすりゃ、しだいに航海の術も身につくというもんぜよ。盗人を捕まえて縄をなうというような有り様で始めても、一日でも早う蒸気船の運用を始めざったら、いつまでたっても外国に追いつけんがじゃ。
小龍の言葉に龍馬は刺激されたが、高度な蒸気船を動かせる秀才は数が少ない、と言うと、小龍はこう応じた。
日頃俸禄を仰山もらいゆう上士にゃ志というものがありゃせん。志を持ちゆう者は、ひと働きするにも元手のない下士、百姓、町民ら下等人民の秀才ぜよ。そがな下等人民の秀才は俺の弟子にも多少はいゆう。働かせりゃ工夫するぜよ。
大洋を自由に航海する蒸気船は、また身分制度からも自由な世界であった。龍馬は自由な大海に漕ぎ出したいと思った。
■5.「蒸気船の扱いを覚えたいがです」■
文久2(1862)年3月、龍馬は脱藩した。城下で剣術道場を開く資格は得ていたが、もはや高知に留まる気はなかった。
江戸に出て、ジョン万次郎の紹介状を持って勝麟太郎を訪れ、弟子入りを頼んだ。勝は長崎海軍伝習所で教監を務め、また幕府の使節を乗せた咸臨丸を操って、太平洋横断を果たした人物である。
「俺の弟子になって何をしたいのかね」と聞かれて、龍馬は「蒸気船の扱いを覚えたいがです」と答えた。さらに「尊王と攘夷についてどう考えているのかね」と聞かれて、
「攘夷はとても無理ですろう」
「そうか。それなら無理を言わず異人の言うがままに商いをするのかね」
「そこが知りたいがです。攘夷をやらにゃあ異人がのさばりますろう。けんど今の日本じゃとても勝てん。そうなると、異人と同じ土俵で相撲がとれるほどの力を持つまで待たにゃあいかんですろう」
麟太郎は笑いながら「土佐にいながら天下の形勢をよく知っているじゃないか」と言って、弟子入りを許した。
■6.海軍建設■
勝は龍馬を護衛役として側に置きながら、いろいろ話して聞かせた。
攘夷の戦いを日本の側から起こせば、イギリス、フランスは対馬、壱岐、佐渡を占領する。アメリカは伊豆七島、ロシアは蝦夷を占領するだろう。淡路島も乗っ取られかねない。そうなれば航海の道はすべて閉ざされ、全国は籠城の有り様になる。危機に迫られると一揆が方々で起こる。その苦しみに耐えかね、外国につく者が現れると日本は外国の属国になるだろう。
そのような事態を未然に防ぐために、勝は西洋諸国と対抗できるほどの陸海軍を作るという意見書を幕府に提出していた。日本全国を6つの海域に分けて、それぞれに艦隊を置くという案である。
その経費を捻出させるためには、各大名に海外貿易を許し、それを財源に10万石あたり蒸気軍艦1隻などと費用を出させる。この案に従えば、軍艦3百隻の海軍を建設することも可能であった。
しかし、軍艦は金で揃えることができても、それを動かす人材が問題である。勝と龍馬は神戸に海軍塾を作る準備を進めた。先頃まで将軍側近であった大久保忠寛(ただひろ)越中守も、それを励ましてくれた。
貴公らが麟太郎と相計って神戸に海軍塾を開く支度をしておるそうだが、それが肝心だ。海軍を大いに発展させるため幕府は、アメリカ、オランダに軍艦を注文している。だが、その操船を自在にいたす航海乗り組みの学生を取り立てねばならんのだ。幕府の先の読めない腑抜け役人どもができることではない。貴公らが操船を自在にできるよう一日も早く学び取らねばならぬのだ。
文久3(1863)年4月、将軍家茂は神戸に海軍操錬所を建設し、その入用金として年3千両を下すことを決めた。また勝の門人たちを引き連れて、私塾として海軍塾を開くことを許した。龍馬はその設立と運営に奔走した。
■7.「亀山社中」■
元治元(1864)年6月19日、長州勢と幕府方が京都蛤(はまぐり)御門にて衝突した。この際に操錬所生徒である因幡藩士数十名が長州方に味方したとして、勝は江戸表に呼び戻された。
勝は薩摩の西郷吉之助(隆盛)に、龍馬以下6人の土佐藩脱藩者の庇護を頼んだ。西郷は、龍馬の人を引きつける性格と時代を切り開いていく才覚を認め、密貿易をさせつつ、いずれ長州藩に薩長連合を勧める使者として働いて貰おうと考えた。
元治2(1865)年、龍馬らは長崎の町はずれの亀山という山麓の地に宿舎を与えられ、薩摩藩から毎月給金を貰うようになった。彼らの結社は「亀山社中」と呼ばれ、ここを根拠地として密貿易にあたることになった。
5月、龍馬は下関に潜入し、西郷の使者として、長州の指導者・桂小五郎と会った。長州は幕府軍15万の大軍を迎え撃たねばならないという窮地に陥っていた。しかし、薩摩は蛤御門の変で幕府方についていたので、「いまさら薩摩の芋と手を結べるか。そんなことを抜かす奴は首を斬れ」という声が上がるほどだった。
■8.薩長同盟を実現した交易■
龍馬は桂にこう持ちかけた。
長州の四境に幕軍が間なしに参りますきに、外国から薩摩の名義で蒸気船、鉄砲を買い入れ、尊藩に持ち込むというのはいかがですろう。
桂は思わず、龍馬の顔を見直した。幕府の大軍を迎え撃たねばならない長州にとって、これはよだれの出るような好餌である。龍馬は亀山社中の同志を使って、最新式の小銃7500丁と蒸気船1隻を調達し、約束通り、長州に収めてみせた。
一方、薩摩は長州征伐には参加せず、京都に大兵力を集めて、幕府を牽制することとした。西郷はそのための兵糧を長州から借りてくれるよう、龍馬に依頼した。「さしあたって5百俵もあればえいですろう」と龍馬は承知して、すぐに山口に行き、桂から快諾を得た。
こうした実利的な助け合いを通じて、薩摩と長州は旧怨を解き、同盟関係を築いていった。その掛け橋となったのが、龍馬の働きだった。
■9.実現した海洋立国の夢■
兵糧貸与の話がまとまった後、龍馬は下関で貿易を営む大商人・伊藤助太夫の家に泊まり込んで、杯を交わした。助太夫は、長州と幕府の戦いが終われば、蝦夷の海産物などを買い入れる交易をしたいと言った。北前船は一隻作るのに千両かかるが、蝦夷へ3度も行けば元手がとれるという。
龍馬は感心した。「まっことのう。蒸気船を使うたらなお儲かるろうねや」
龍馬は今は亀山社中の同志と共に、薩長の必要とする武器などの購入を行っているが、戦が収まれば長崎、下関を根拠地に蝦夷や上海、さらには広東からルソンに行き来して貿易をしたいと考えていた。蒸気船を使えば、パシフィック・オセアン(太平洋)を渡ってアメリカとの交易もできる。それによって国を富まし、日本を異国から守れるだけの海軍も持つことができよう。龍馬の夢は広がっていった。
龍馬はその夢を実現するひまもなく、慶応3(1867)年11月、京都にて何者かに暗殺されてしまった。しかし、海外貿易の夢を抱いていたのは龍馬だけではなかった。「海外貿易の志士」森村市左衛門などはその好例である。[c]
さらに神戸の海軍操錬所を淵源の一つとする日本海軍はやがて日清・日露戦争を通じて国家の独立を維持し、英米と並ぶ世界3大海軍の一つとして数えられるまでになった。[d]
龍馬の描いた海洋立国の夢は幕末から明治にかけての日本人全体が共有していたもので、多くの人々の努力によって実現されたと言える。
(出典:JOG 伊勢雅臣)
- 2008/01/10(木) 06:30:41|
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偽造印紙と偽マイルドセブン
2006年7月、東京都台東区の金券ショップになんと200円の偽造収入印紙29万8000枚(5960万円相当)が持ち込まれた。ショップは持ち込んだ韓国籍の男に約5500万円を渡し、印紙と引き替えた。ところが、その後、この印紙に不審点があるのが分かり、事件が発覚した。
この偽造印紙は極めて精巧で、海外で作られた可能性が高い。
一般の人はあまり印紙に触れる機会がないため、関心が薄いだろうが、実は昔から偽造はあるのだ。印紙には収入印紙、登記印紙、特許印紙、自動車重量税印紙などいろいろな種類があるが、一般的には印紙といえば収入印紙を指す。
収入印紙の額面は31種類あり、安いもので1円、2円から、高額になると1万円や5万円、最高で10万円もある。
これをシートで偽造して売りさばけば、たちまち大きな収入になるのだから、犯罪者グループが見逃すはずがない。
のりをなめて分かった偽造印紙
かつて、わたしも偽造印紙シートの鑑定をしたことがある。金券ショップの経営者に鑑定を頼まれたのは1万円の収入印紙シートの束。おそらく数千枚はあったろうか。非常に精巧に出来ており、目視と手触りだけでは偽物と分からなかった。
見た目と手触りというのは実は鑑定において重要な作業で、このときの第一印象があやしければ、ほとんどの場合が偽である。ところが、この印紙シートは目視と手触りだけでは何かが違うとは感じたが、確たる証拠は見つからなかった。
そこで、ルーペで細かにチェックしたが、やはり異常は見つからない。紙の組成も本物と同じだった。紙の繊維質の中に筋のようなものがあり、わたしたちはそれを「骨」と呼ぶのだが、以前、この骨の形状が異なっている偽造印紙を見つけたことがある。ところが、そのときは骨も同じだった。
さらに紙質を確認するために特殊な蛍光マーカーを印紙の端につけて、色の浸透具合を観察したが、本物と同じだった。インクの成分を見るために除光液を塗って反応の仕方を確認したが、これも本物と変わりがなかった。
せっぱ詰まったわたしは、苦し紛れに印紙の裏ののりをなめて味を確かめてみた。昔、スーパーKの鑑定でも札を切って食べたことがあるが、味も重要な鑑定要素だ。
すると、のりの味が本物と微妙に違った。そこで、印紙の裏部分をルーペで丹念に隅から隅までチェックすると、途中にのりづけのムラがあることが分かった。ほかのシートも同じ場所にムラがあった。
これで偽造と分かったが、それほど精巧な偽造印紙が世の中には出回っているのだ。おそらく東南アジアで偽造され、日本では暴力団などによって、金券ショップで売りさばかれているようだ。
偽造マイルドセブンが東南アジアで人気?
日本人があまり意識していないもう一つの偽造がタバコだ。
偽タバコは世界的に広がっており、日本でも以前からセブンスターなどの人気銘柄の偽造が摘発されている。
2006年1月には、北朝鮮が年間20億箱規模の生産能力を備えた大規模偽造タバコ工場を運営していると指摘され、米国のフィリップ・モリスや日本たばこ産業、ブリティッシュ・アメリカン・タバコなどが調査に乗り出した。
米国では10億箱以上もの北朝鮮製偽造タバコが見つかったこともあり、北朝鮮と国際的犯罪組織がグルになって大儲けしていると考えられている。
世界で最も多い偽造タバコはマルボロだが、日本のマイルドセブンの偽造タバコも東南アジアで“人気”がある。
昨年5月には北朝鮮から出航した船にマイルドセブン、セブンスターの偽造タバコが積まれていたことが、海上保安庁によって初めて確認された。ところが、これらの偽造タバコは日本への密輸目的ではなく、台湾や韓国、東南アジアなどに運ばれる途中だったため、押収されなかった。
日本では偽造タバコはパチンコ店の景品などには流れるが、タバコ屋や自動販売機のルートに流すことは難しい。そのため、販路を求めてアジアに運ばれる。特に台湾や韓国ではマイルドセブンシリーズは人気だ。
偽造タバコは犯人を捕まえにくく、せいぜい逮捕できてもバイヤーどまりだ。また、タバコは半分以上が税金のため、犯罪者側にも購入者側にも罪の意識が低い。
ちなみに、日本では国税が23.7%、地方税が29.1%、タバコ特別税が5.5%、消費税が4.8% ―― と63.1%が税金である。1箱300円とすれば、うち189円が税金だ。
したがって、仮に1箱100円で売っても犯罪者には利益が出るし、買う方も定価の3分の1で手に入るから儲けものというわけだ。
麻薬入りの偽造タバコも
東南アジアではたばこ屋でも偽造タバコを売っている。バーや飲み屋になどにも流れている。
一説には本物のタバコ製造機の古いタイプが転売されて偽造タバコ工場に収まっているという。もし、中古の機械を外国に売っているとしたら、タバコの偽造を支援しているようなものだ。
問題は麻薬入りの偽造タバコも出回っていることだ。麻薬を作った後に残ったクズなどをタバコに混入して、高い値で売っている。
わたしが東南アジアで見たものは1箱20本中10本だけ麻薬入り偽造タバコが入っていた。吸うとハイになるので、中には好んで買う人もいる。彼らは1箱1000円でも2000円でも買うのだ。
偽造タバコ犯罪を逮捕するにはおとり捜査や潜入捜査など特殊な手法が必要だ。日本の警察はおとり捜査はできないので、偽造タバコや麻薬入りタバコが日本に入り込まないように水際で止めるべきだろう。
(出典:
松村テクノロジー社長 松村喜秀氏)
こういう話を聞いても、
”日本では・・中略・・1箱300円とすれば、うち189円が税金だ。”
という部分のインパクトが大きくて
犯罪けしからん!という気持ちが萎えてきますね。
日本は、ガソリンも税金高いですね。
3−4割くらいが税金ですよね。
- 2008/01/09(水) 06:30:03|
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直接民主主義の前に議論すべきこと昨今、日本では、直接民主主義が注目されるようになってきた。住民投票が行われ、首相公選制なども議論されるようになった。直接民主主義の時代になると、国家の根本を立てるという話はどのようになるのだろうか。
各論で考えると、まず参議院とは何かという問題が出てくる。参議院選挙で勝った、負けたということには本当に意味があるのか。
安倍前首相は「負けた」といわれているが、民意を問うて、民意に捨てられたのか。きちんと計算すれば、そんなことはないことが分かる。
先の参議院選挙で、与党の総得票数は1650万票だった。これは小泉元首相のときの数字と変わらない。20万か30万票ほど減っただけである。
それなのに議員数が減ったのはなぜか。それは小選挙区制などの選挙制度のせいである。だから国民の与党への支持は小泉元首相時代と何も変わっていないではないか。民主党の票はたしかに増えたが、それは浮動票的な増え方である。そういうことを誰も言わないのはおかしい。
大選挙区制にすれば参議院に意味があるでは、小選挙区制は参議院の本質に合っているのだろうか。わたしが子どものころ、参議院の国会議員は、良識のある人がなると教えられた。大所高所から国家の根本を考えてもらうために、国会を二院制にしてあるといわれたものだ。
かつて参議院には緑風会という院内会派があって、無所属議員はそうした会派に所属した。もともと参議院は無所属の議員が多く、政党所属の人は少なかった。政党主導の政治活動はよくないといわれていた。
参議院の政党化が進めば衆議院と同じになってしまうから、参議院議員は一人ひとりが意見を持った人であるべきだとされていた。それがいつの間にか与野党対決になってしまった。だから、まずそこから直せという議論をすべきだと思う。
直すためにはどうすればいいのか。
選挙区を全国区のみにしてしまえばいい。自民党の政策勉強会に呼ばれたら、そういうことを言ってきた。参議院と衆議院と同じ選挙制度にするのはよくない。片方を小選挙区制にするなら、もう一方は大選挙区制にすべきだ。
極端に言えば、日本全国どこからでも、10万票を取ったら当選にすればいい。地方で票を取ってもいいし、東京で取ってもいい。特定職業の人ばかりから取ってもいい。とにかく10万票を取った人を国会議員にする。
そうしたら特色が出ると言ったら、趣旨には賛成してもらえた。しかし、「わたしたちは全国から10万票を取る選挙をしたことがない」と言っていた。当時は中選挙区制だったので、8万票か9万票でみんな当選していた。
選挙制度を変えれば、きっと今とは違う人が当選するだろう。それにより、参議院と衆議院それぞれの特色が出てくる。参議院の本質を考えると、そうした議論が出てきてもいいのではないか。
「民意」の「民」とは誰かそれから、選挙の投票は電子投票にすべきである。そうすれば自分の家からでも投票できるようになる。ただし、そのためには国民背番号制の導入が必要だ。「それは困る」という人が多いが、何が困るのだろう。困るのはやましいことがある人だろう。そういう議論になるべきだ。
さらに、選挙権の範囲だが、現在は20歳から死ぬまでと決めてある。それだけでいいのだろうか。「民意」というときの「民」とは何か。まずその定義が必要ではないか。
かつて米国では、18歳から兵役があって、ときには国のために死ななければならないのに、選挙権がないのはおかしいという議論があった。それにより選挙権を得る年齢がだいぶ下げられた。
日本は赤ん坊でも税金をとる。まだ生まれていないお腹の中の子どもでも税金をとられる。税金を払うなら選挙権があるはずだ。お腹の中の赤ん坊は母親が投票するとか、父親がするとか。
近ごろの子どもはみんなマセている。18歳と20歳に差があるだろうか。18歳くらいから、税金なども決められたものは納めている。それなのになぜ選挙権を与えないのか。
憲法改正を考えるなら、そのあたりが先だろう。安倍前首相は「民意に捨てられた」というが、そもそも民意とは何ぞやという議論がどこにもないのはおかしい。
議論していない根本的問題はいくつもある国民とは何か。それは発言する資格のある人である。もともと、納税すれば発言権があった。米国が独立した理由がそれだった。米国は英国に対して税金を納めているのに、英国議会に代表を出せない。そんなばかなことがあるかということで、「代表なくして課税なし」が独立戦争のスローガンとなった。
それなら逆に、納税していない人は選挙権を没収すべきである。税金を納めないで社会福祉をもらっている人には、投票する権利はない。そういう憲法改正も考えられるのではないか。
このように、これまで議論していない根本問題がいくつもある。直接民主主義の方へ傾くなら、もっとみんなが道州制に賛成すべきである。あるいは道州制ではなくても、村にもっと権力を持たせてもいい。
昔は自治体警察があった。県庁の県警だけではなく、市警など、自治体ごとに警察があった。米国のシステムと同じである。
それがよかったのかというと、日本国民は「おかしい」と言い出した。狭い地域の警察はその地域のボスに負ける。そのときは米国式に、県民または市民が警察の味方をして、ボスをやっつければいい。
そんなことはしたくないから、「国家警察」をきちんと立ててくれと国民は言った。国家警察では、頭のいい人を採用して、それを県警本部長に天下りさせてくれと市民が言って、天下りをいただいてみんな喜んでいた。結果としてそれでうまくいっていたから、深くは考えなかった。
警察とケンカしたがらないマスコミところが今はもう結果が悪くなってきた。警察がどうもおかしくなってきた。それではどうすればいいのか。県民、市民は、今の警察庁に対して思っていることや言うべきことがあるはずだ。国家公安委員会に対してもっと働けと言いたいはずだ。
わたしが代弁してもいいのだが、
マスコミは警察批判を絶対に載せてくれない。マスコミは警察とケンカしたがらない。今のマスコミの人たちは、自分が取材して歩くのは面倒くさいから、警察の玄関で待っている。そこでもらった情報を掲載しているだけ。昔の新聞記者は自分で歩いたものだ。今の新聞記者は家にいてテレビを見て、それをもとに記事を書いて会社へ送る。在宅勤務の時代である。
だからオリジナルの記事を書かないし、そもそもそれでは書けない。誰も切り込めない。インターネットを見ていると、自分の体験したことを書いている人のホームページやブログの周りに人々がたかっている。それをマスコミは「強敵だ」と言っている。
ではマスコミはこの先どうするのだろう。自分たちも昔のように足で歩くと言わないのか。インターネットの脅威に勝つにはどうするかという話し合いをやっているのだろうか。
そういうマスコミの大没落が始まるだろう。政党も没落する。自民党も民主党も両方とも信用を失墜する。その代わりお役所は強くなると思う。そうしたいろいろな変動がこの後に予想される。
(出典:
東京財団前会長 日下 公人)
- 2008/01/08(火) 06:30:46|
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