
「保障したるわ。自分、このままやと2000パーセント成功でけへんで」
僕は思わず声を荒げて言った。
「な、なんでそんなこと言い切れるんですか?」
「そんなもん、自分が『成功せえへんための一番重要な要素』満たしとるからやろがい」
「何ですか?成功しないための一番重要な要素って何なんですか?」
「成功しないための一番重要な要素はな、『人の言うことを聞かない』や。そんなもん、当たり前やろ。成功するような自分に変わりたいと思とって、でも今までずっと変われへんかったっちゅうことは、それはつまり、『自分の考え方にしがみついとる』ちゅうことやんか」
そしてガネーシャは僕を見て言った。
「自分が成功でけへんのはなぁ・・・・・・今さっき『そんなことして意味あるの?』と考えた、まさにその考え方にすべての原因があるんやで」
ガネーシャは人差し指でポンポンと僕のこめかみを小突いた。
「そんな一番、一番、一番、簡単なことも分れへんのやろ、この頭は」
僕は大声で何かを叫びたい気持ちだったけど、何と叫んでいいか分からなかった。
- 2008/04/30(水) 23:58:00|
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【正論】「IT」と人間革命 東京大学教授・西垣通■近代人と異なる「ネット人格」
IT革命という言葉が広まってから約8年たった。社会はどう変わっただろうか。肝心なのはそれが、技術や経済だけでなく「人間の革命」でもあるという点なのである。
振り返れば、進展はそれなりにあった。ブロードバンド回線はかなり普及したし、放送と通信の融合やユビキタスネット技術についても、専門家のあいだで地道な努力が積み重ねられている。中でも一般の利用者にとって最も衝撃的だったのは、一昨年に米国から到来したウェブ2・0ではなかっただろうか。
それはまさに黒船だった。専門家は、単なるIT業界におけるパソコンメーカーと検索サービス企業との覇権争いと分析するかもしれない。だが一般利用者から見ると、データベースから瞬時にさまざまな知識を検索でき、しかも無料のアプリケーションソフトも使えるというのは朗報というほかはない。
むろん、能天気なウェブ2・0礼賛には批判もある。無料というのは、広告と組み合わされているからであり、一般利用者がアプリケーションソフトを使用すると、いつのまにか広告の片棒をかつがされてしまう。検索サービス企業に情報が一極集中し、知らないあいだに操作される危険性もないではない。
≪新たな共同体の誕生≫
だがこれらの長所短所を別にして、さらに議論すべき大切な問題は、ネットによって新たな人間観が生まれつつあるという点なのだ。
ウェブ2・0によって、一般の人々がネットを読み書きする自由度ははるかに大きくなった。ネットはすでに、テレビより身近なメディアになりつつある。とりわけ若者は、マスコミよりネットの情報を頼りにし始めている。
独り暮らしの若者で新聞をとらない者は多い。学生たちは、無料百科事典であるウィキペディアをはじめ、ネット上で流通している記事や知識を検索してリポートを書く。ウィキペディアの書き手には誰もがなれるのだ。
とくに興味深いのは、ネット上でつづられる個人の日記「ブログ」である。若者はもちろん、今や多くの老若男女が、気に入ったブログの熱心な読者になり、自分でもブログをつづる。人々はブログを通じて見知らぬ相手とつながり、さらに自分のアイデンティティーを見いだそうとしているのだ。そこにはあたかも結社のように、一種のネット共同体が形成されていく。
100年あまり前、新聞は人々の意見をまとめあげ、近代国家を支える「国民」をつくりあげた。さらに50年ほど前から普及したテレビは、大量生産・大量消費の共同体をつくりあげた。そして今や、ネットが、新たな人間同士の出会いや連帯の場をつくりあげつつあるのである。注目すべきは、ブログを書くことによってネット上に出現する人格が、これまでの近代的な個人とはやや異なる性格を持っているという点である。
近代的な個人とは、少なくとも理想的には、独立して思考する主体である。政治的・経済的な自由を要求するかわりに、首尾一貫した論理にもとづいて行動し、言明したことに責任をとる人格である。たとえ現実と理想とのあいだに落差はあっても、この理想的な近代的個人を基準にしてものごとが語られてきたことは間違いない。
≪自己イメージ自由自在≫
しかし、ネット人格とはそういう存在ではないのである。男性の名前で書かれたブログも、実は著者は女性かもしれない。むろん、逆もありうる。一人の人間が幾つかの名前で別々のブログを書くこともできる。あるいは逆に、何人かが交代で、一つのブログを書くこともある。そこに出現するのは多重人格や融合人格なのだ。彼ら・彼女らは、ネット上の言説から強い影響を受けつつ、自由自在に自分のイメージを変転させていく。
さらに、言明したことに責任を持たせることも難しい。過激な発言はいっとき注目を集めるが、膨大な情報の海のなかでたちまち影響力を失い、消えていく。根も葉もない誹謗(ひぼう)中傷は困ったものだが、すぐに忘れられるなら、それほど目くじらをたてるまでもない、という意見さえ出てくるかもしれない。
こういう風潮は、早晩、近代的個人とそれにもとづく近代的社会という理念を侵食していくだろう。もはや、単に嘆いたり、抑圧的な政策をとったりすればすむというわけではない。
われわれは冷静に事態をみつめ、望ましい21世紀ネット社会とはいったい何か、それをいかに築くべきか、真剣に模索していく必要があるのである。
東京大学教授・西垣通(にしがき とおる)
- 2008/04/29(火) 18:03:20|
- 世界と日本
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話もしないのに携帯かけっ放し 最近の中高生は本当にこうなのか話もしないのに携帯かけっ放し 最近の中高生は本当にこうなのか
中高生の携帯の使い方を書き込んだはてなダイアリーの日記
携帯電話の無料通話を使って、話もしないのにかけっ放しにしている中高生がいる。そんなブログの情報が、話題になっている。
「これはすごい…」。2008年4月7日にアップされたはてなダイアリー「19790401173.4」の日記が、500人ほどのネットユーザーがブックマークする人気だ。
■「しゃべらないで、ゴソゴソとか音だけを流してる」
女性とみられるブロガーは、この日記で、女子中学校・高校で情報処理を教える教師から、生徒たちの特徴的な携帯電話の使い方を聞いたと明かした。この教師とは、08年4月6日の研究会で久々に会ったという。携帯の使い方の書き込み13項目のうち、特に注目を集めたのが、次の項目だ。
「家に着いた途端彼や友達と通話しっぱなしにする。しゃべらないで、ゴソゴソとか音だけを流してるぽい」
ソフトバンクの「ホワイト学割」では、同社携帯同士なら国内で午前1時〜午後9時までの通話は無料になっている。そのサービスを利用しながら、「通話」でない用途にも使っているというのだ。
それは、通話状態の携帯をどこかに放置し、身の回りの音情報を流す用途…。こんなことに使う中高生が本当にいるのか。はてなダイアリーやブックマークのコメントには、驚く声のほか、「別にフツーじゃねえのw」との声があった。が、通話以外の具体例を明かした書き込みはなかった。そこで、ソフトバンク広報室に聞くと、「1〜2時間、長電話する方は珍しくありませんが、その具体的な使い方まで把握していません」とのことだった。
とはいえ、その使い方を巡って、日記をトラックバックしたブロガーらの間で議論になった。ブログ「kiki-mimi/bg」は、日記で「携帯が繋がらないと不安になる人、繋がりっぱなしにならないと不安になる人。日本人的な村社会とまではいわないにしろ、コミュニティへの所属願望が強迫観念に近くなってるのかもしれない」と分析した。
■「電波の無駄使い」と批判の声も
一方、批判の書き込みもみられた。ブログ「増田小夜」では、「これはねぇー。やっぱり電気エネルギーと電波の無駄使いだと思うのですよ。こんなトラフィックで基地局が埋まってしまって大人の重要な仕事の電話がかけれなかったりしたらすごい損失だし。そういうことを勘案して通話とかパケットには適切な値段をつけるべきだと思います」とした。
ソフトバンクはどう考えるのか。広報室では、「電話のつなぎっ放しが多くて困ることはありません。支障も出ていません。サービスを利用してほしくて提供していますから、どのような用途に使うかはお客さまの自由です」と話す。
ほかの携帯電話会社に聞くと、NTTドコモでは、「ホワイト学割」のようなサービスはなく、無料通話は、家族間に適用される「ファミ割MAX50」だけ。しかし、同社広報部では、「周波数の中で通信できる容量があり、長時間電話が続きますと、ほかの通信に影響を及ぼします。他の方がかけたいのに、かけられないという事態が起きるので、困りますね。ですから、利用状況をみて、一定時間で通信を切る場合もあります」と明かす。会社によって、対応が分かれるようだ。
- 2008/04/14(月) 06:00:17|
- わたしたちの身の回り
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クラウドコンピューティング
cloud computing
インターネット上にグローバルに拡散したコンピューティングリソースを使って、ユーザーに情報サービスやアプリケーションサービスを提供するという、コンピュータ構成・利用に関するコンセプトのこと。米国では2006年ごろから、注目のキーワードとなっている。
インターネットやTCP/IPネットワークは、しばしばクラウド(cloud =雲)と表現される。ここから、インターネット上の“どこか”にあるハードウェアリソース、ソフトウェアリソース、データリソースをユーザーがその所在や内部構造を意識することなく利用できる環境、ないしその利用スタイルを「クラウドコンピューティング」という。
適切な方法で“雲”=インターネットに接続さえすれば、ユーザーは即座に各種のサービスが利用できるという点では、SaaS・ASPに近い。ただし、クラウドコンピューティングでは、特定のサーバファーム(データセンター)にリモートアクセスするというより、リソースの所在をユーザーに意識させないというニュアンスが強い。システムインフラの面でも、増加するリソース需要に対してハードウェアの高機能化で対処するのではなく、グリッドや仮想化によって相互に接続され、複数のコンピュータが一体化・抽象化した分散・並列型の巨大ネットワークを構築するイメージで語られることが多い。
従来のコンピュータ・ネットワークにおいて、ネットワークは単にデータやメッセージが通過する経路であり、エンドノードである個々のコンピュータこそが計算や情報処理を行う主体であった。これに対してクラウドコンピューティングには、つかみどころのない“雲”化した巨大ネットワーク(インターネット)にあらゆるシステムリソースが集約され、それ自体がコンピュータとなるという、パラダイムシフトの意味が込められている。米国グーグルのCEO エリック・シュミット(Eric Schmidt)は、英エコノミスト誌の特別号「The World In 2007」(2006年11月発行)に「Don’t bet against the Internet.」という一文を寄せ、「われわれはクラウドコンピューティングの時代の中にいる。(中略)このネットワークは真にコンピュータとなるだろう」と述べている。
クラウドコンピューティングは、システムインフラの複雑な構造をユーザーから隠ぺいする動きと見ることができるが、システムがブラックボックス化することは障害発生時の原因究明・復旧にマイナスだと懸念する声もある。
- 2008/04/13(日) 06:00:32|
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次のパラダイムシフト? 「クラウドコンピューティング」とは
このところ、「クラウドコンピューティング」(cloud computing)という言葉を、よく見かけるようになった。つい先週もIBMとGoogleが、大学向けのクラウドコンピューティングを推進する「Academic Cluster Computing Initiative」を発表している。「Web 2.0」に続く流行語になりそうな予感だ。
クラウドは、“インターネットの雲”を指し、ネットワークを雲の図で表すことから来ているという。クラウドコンピューティングをインターネットの“あちら側”と表現する人もいる。
インターネット常時接続が普及して、さまざまな処理がサーバー側で行われるようになった。ユーザーのデスクトップで動いていたアプリケーションはサーバー側に、データはデータセンターに移動する。クラウドコンピューティングは、こうした環境を言う。アプリケーションをWeb経由で利用する SaaSと同じようにも思えるが、もう少し広い含みがあるようだ。
早くから「クラウド」という言葉を使っているのが、GoogleのCEO、Eric Schmidt氏だ。米ZDNetのDonna Bogatin氏のブログによると、Schmidt氏は8月に開かれた検索エンジンのカンファレンス「Search Engine Strategies Conference」で次のように語ったという。「データサービスとアーキテクチャがサーバーにあるデータセンターでスタートする――(このデータセンターは)どこか“雲”の中にある」「適切なブラウザか適切なアクセスがあれば、PC、Mac、携帯電話、Blackberry、新たに登場するデバイスでもなんでもいい――雲にアクセスできる」
Schmidt氏によると、ソフトウェアがパッケージとして販売された時代とは異なり、クラウドコンピューティングを支えるのは広告なのだという。「クラウドコンピューティングと広告は手を取り合って進む。これは新しいビジネスモデルで、広告がけん引して、ソフトウェアイノベーションのための資金を提供している」(Schmidt氏)。
パッケージソフト販売で成長したMicrosoftも今年7月、パートナー企業向けカンファレンス「Worldwide Partner Conference」で、クラウドコンピューティングに取り組んでいると認めた。同社がクラウドコンピューティングに本気であるとすれば、180度の方向転換となる。
米The New York Times紙が伝えたMicrosoft Windows Liveサービス担当ゼネラルマネージャ、Brian Hall氏のコメントによると、「コミュニケーションと共有のコンポーネントを取り出し、サービスを構築する。PC、Web、電話からアクセスできる個人/コミュニティ向けのサービスとアプリケーションのスイートのようなものとなるだろう」という。
Microsoftは今後、プラットフォーム技術「Windows Live Core」の開発を進め、「Microsoft Live」ブランドを強化していく考えだ。また10月2日には、「Microsoft Office」のSaaS版となる「Microsoft Office Live Workspace」を発表している。
Microsoftだけでなく、9月以降、IBMの「Lotus Symphony」、プレゼンソフトが加わった「Google Document」など、オフィスアプリケーション分野でSaaS関連の発表が相次いでいる。これまで、どちらかというと米Salesforceなどの業務アプリケーションが先行していた分野だが、一般ユーザー向けでも動きが活発化している。そして、Googleに刺激されて、巨人Microsoftも動き出した。本格的なインターネットサービス時代の幕開けを思わせる。クライアント/サーバーからのパラダイムシフトである。
今回のIBMとGoogleの提携は、その象徴だろう。クラウドコンピューティングの実現には、サービスの提供だけでは不十分で、大規模なデータセンターと実際のユーザーが必要となる。両社が今回発表したイニシアティブは大学を対象としており、この部分の支援を狙う。両社は今後大規模クラスタを構築、将来的には1,600プロセッサで構成するプラットフォームにする計画という。すでにワシントン大学が参加しており、カーネギーメロン大学などいくつかの大学が参加を検討中という。
これまでのところ、クラウドコンピューティングは主としてMicrosoft対Google(および、反 Microsoft陣営)の戦いの場とみえるが、新しいベンチャー企業も市場を盛り上げそうだ。たとえば、デスクトップOSをSaaSとして提供する米 Sapotek、米Zimdeskなどのベンチャー企業が生まれている。今後、こうしたベンチャー企業と大手が刺激しあって、新しいパラダイムに移行するのだろう。
Gartnerは先ごろ発表した2008年の「戦略的技術トップ10」の一つとして、「Web Platform & WOA(Web Oriented Architecture)」を挙げている。そのなかで、クラウドコンピューティング環境を経由するWebプラットフォームが浮上してきたと指摘。企業は、このことが今後3〜5年の間に自社にどんなインパクトを与えるかを見越しておかねばならない、としている。
- 2008/04/12(土) 06:00:16|
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影響力のあるブロガーの特徴は? ニフティなどが調査
影響力のあるブロガーは、記事の読みやすさや、定期的な更新を心がけている――ニフティとビデオリサーチが4月3日に発表した、「ブログサイトに関する共同研究調査」で、こんな結果が出た。
調査は、15〜49歳のネットユーザーを対象に、昨年12月に行った。計1060人が対象で、うちブログを運営している人が530人、ブログを運営していないが、週に1回以上ブログに接触している人が530人。
1日100ページビュー以上あるブログを「アクセス数の多いブログ」と定義。
アクセス数の多いブロガーは、そうでないブロガーと比べて、
「
記事の読みやすさに気を配っている」(アクセスの多いブロガー:一般ブロガー=86.3%:75.1%)、
「
定期的な更新を心がけている」(78.6%: 57.1%)、
「
話題性のある内容を取り上げるよう心がけている」(59.0%:36.3%)、
「
読み手にとって価値のある情報を取り上げることを意識している」(53.0%:29.8%)、
「
ブログを通じて人の役に立ちたいという思いがある」(41.9%:26.9%)
と答えた割合が多かった。
記事を書く際の情報源としては、アクセス数にかかわらず「
自分が体験したことや自分の感想を書く」と答えたブロガーが最多。
他人のブログや、 Webサイト、テレビやラジオなどメディアで見聞きしたことを取り上げると答えた割合は、アクセス数の多いブロガーの方が、そうでないブロガーより多かった。
ブログを読む目的は、多い順に「新しい情報が手に入る」(55.2%)、「気分転換、ストレス解消になる」(44.4%)、「趣味や余暇に役立つ」(44.0%)。
全体の87.5%が「商品情報を含むブログ記事を読んだことがある」と答えており、ブログに書かれている商品情報について、「非常に信頼できる」と答えた人は7.8%、「
やや信頼できる」と答えたのは63.9%だった。
調査結果資料(PDF)
- 2008/04/11(金) 06:00:56|
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「社長と飲み歩く会」に隠された深慮遠謀
株式会社武蔵野 社長 小山 昇氏わたしは年に4回、「社長と飲み歩く会」と称して一般社員と酒席を持ちます。これは文字通り、新宿の飲み屋をハシゴして飲み歩くもの。17時30分開始で、お開きになるのは日付も変わる6時間半後。なかなかヘビーな飲み会ですので、翌日が日曜日です。
「社長と飲み歩く会」の目的は、わたしと一般社員とでコミュニケーションを取ることです。現在では従業員数650人で、正社員130人いると、さすがに日常業務のなかで一般社員とコミュニケーションを取ることは難しい。だからといってコミュニケーションを放棄すれば、一般社員はばらばらな価値観で仕事をする事になり、組織としての一体感を維持できなくなる。
会社の経営が思わしくなくなると、すぐに景気や消費動向の変化に理由を求める社長がいます。わたしとて、それらは無関係だとまでは言わない。しかし本当は、社内のコミュニケーション不全による売上減、利益減のほうがはるかに大きい。会社の業績は、コミュニケーションの量と質に正しく比例する。だからこの会を大切なものと位置づけ、当日はひたすらホスト役に徹しています。
さて、これは初めて明らかにすることですが、実は「社長と飲み歩く会」にはコミュニケーション以外にも二つの目的がある。一つは人材発掘。そしてもう一つは守秘義務の訓練です。どういうことかページを改めて解説しましょう。
下戸なのに1合8000円の高級凍結酒を飲み干す社員まずは「人材発掘」について。
わたしは飲み歩き会の最中、始終社員を観察し勉強しています。店の中での立ち居振る舞いを見て、社員の性格や人となりを判断する。そのために、一般社員ではまず入れないような高級店に連れて行く。ふかふかのソファや豪華な調度品、洗練された店の接客にも臆することがなければ、「ああ、Aくんは積極的だ」と分かる。それは、将来の人事異動の際にも大いに参考になります。
かつてこんなことがありました。課長の上野朝之が一般社員だったころ、飲み歩き会に参加したときの話です。上野はもともと下戸で、一次会では乾杯時のビールにちょっと口をつけただけで終わりました。わたし自身、飲めない社員に酒を強要することはありません。お酒が可哀想ですし、お酒をつくっている人にも失礼ですから。
ところが二次会で1合8000円という高級凍結酒を、上野は臆することなく飲み干し、「お代わり」と言いました。そればかりか彼は、次の店でヘネシーをお代わりして飲んでいました。
わたしは呆れつつも感心しました。上野にとっては、自分が酒に弱いという心配よりも、「1合8000円の凍結酒ってどんな味だろう」「高級酒で知られるヘネシーってどうだろう」という好奇心が勝った。
上野にとっては「不順な動機」だけなのかもしれません。いや、多分そうでしょう。しかし見方を変えれば「チャレンジ精神旺盛」と解釈できる。その後、大きな人事異動をしたために店長のポストが一つ空きました。わたしは躊躇することなく上野を抜擢した。すると彼は見事にわたしの期待に応えました。持ち前のチャレンジ精神で、大きな成果を出した。
「ホステスに連絡先をわたすな」と言われたら続いて「守秘義務の訓練」について。
飲み歩き会では、ホステスさんのいるクラブに行くこともあります。わたしはそこで「女の子に名刺を渡してはいけない」「eメールアドレスの交換をしてはいけない」と指示します。ところが、これがなかなかできないものなのです。ホステスさんは連絡先を聞きたがるし、社員は社員で酒も入って気が緩んでいる。
ホステスさんに連絡先を教えたところで懇ろになれるはずはなく、せいぜい営業電話・メールが来るだけです。キャバクラのホステスさんは、田舎の中小企業の社員なんぞ本気で相手にはしませんから。けれども社員にしてみれば「もしかして‥‥」と下心も働くのでしょう。参加メンバーの多くはわたしの目を盗んでこっそりメモや名刺を渡します。
わたしの目をごまかせると思っているのが社員の浅はかさです。わたしはフロアでジルバを踊りながら、しっかり彼らの動向をチェックしている。そしてわたしの指示を破って名刺を渡している社員を見つけたら、「あ、Bくんは誘惑に弱いな」と勉強できる。
念のため申しますと、わたしは禁を破った社員を責めることはしません。人間は弱い動物です。酒色の誘惑には負ける社員が普通です。しかしこういう社員には、お客様の個人情報を預かる部門や、我が社の経理を司る部門など、高い守秘義務が課せられる仕事を任せることもできないのも確かです。
ではどうするかというと、守秘義務が重視されない仕事で成果を出させる。人にはそれぞれ適性や性格がある。それをまるで無視しては、本人にとっても会社にとっても不幸です。
評価する物差しは同じにする反論はあるでしょう。「そんなことで評価されてはたまったものじゃない」「日常業務の中でも判断はできるはずだ」と。
しかし、飲み歩き会に参加する一般社員は、部門横断的に集まったメンバーです。当然、担当している仕事も違えば、スキル、キャリアも各人各様です。つまり日常の仕事ぶりを物差しにすると、さまざまなバイアスがかかり、正確な判断ができなくなってしまう。
正しく判断したいのならば、条件を揃えておかなくてはならないのは自明の理です。だからこそ飲み歩き会で時間と場所を共有し、同じ物差しで社員を評価する。これもまた我が社ならではの平等主義の表れです。
- 2008/04/10(木) 06:00:55|
- 会社、仕事
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昨年、都心にある大型マンションの広告計画にモバイル広告も追加された。実施後、モバイル広告配信者を対象に追跡調査を行ったところ、意外なことが判明した。
1つめは、モバイル広告でこの物件を初めて知ったという人が少なくなかったことだ。2つめは、新聞を購読していた家庭では、モバイルで知った後に、その日届いていた折込チラシの中から該当物件のチラシを探し出して、詳しく見たという人が多かったということだ。
一般に、マーケティング界で
「クロスメディア手法」と言えば、生活者の「マスで知りネットで調べる」という行動を利用することを指すが、それとは反対方向の生活者行動が発見されたわけである。
「詳細はネットで」ならぬ、「詳細は大画面のチラシで」である。
この発見後、百貨店や自動車ディーラーなど普段からチラシを活用してエリアマーケティングを実施している企業が、モバイル広告も盛んに利用し始めている。
マスメディアの方の中には、マス広告がネットへつなぐための道具になると心配する人がいるが、それは過ちだ。例えば新聞広告であれば、マス広告中、最も面積が大きいという武器がある。この武器を生かし、モバイルから流れてくる人たちの興味関心にきちんと応える努力をすべきだ。そうすれば、読者や広告関係者が媒体価値を再認識するだろう。
新年度がスタートした。この
「逆クロスメディア手法」をいち早く活用し、われわれをうならせる広告企画が登場することを期待したい。
スクロール 「逆クロスメディア手法」に期待
ディーツーコミュニケーションズ・藤田明久
- 2008/04/09(水) 06:00:30|
- 科学・技術
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【すごいぞ日本】 たった1人の五輪ボイコット 1996年アトランタから2004年アテネまで、日本が3大会連続で金銀銅メダルを独占してきた五輪種目がある。陸上男子砲丸投げ。といっても選手の話ではない。メダルを獲得した選手の砲丸が、ことごとく日本の、それも小さな町工場で作られているのだ。北京でも当然、日本製「魔法の砲丸」のメダル独占は確実…のはずだった。
埼玉県富士見市。有限会社辻谷工業は東京近郊の小さな商店街の一画にある。2階建ての1階が工場、上は自宅。旋盤のハンドルを握り、黙々と砲丸を削っていた辻谷政久さん(75)があっさりと言った。
「北京はやめました」
04年8月、サッカーのアジアカップが中国・重慶で開かれた際、現地サポーターが見せた日本に対するむき出しの憎悪。それが辻谷さんには気がかりだった。悩みに悩んだ末、4大会連続メダル独占の偉業を断念し、砲丸の卸先の運動具メーカーに北京五輪用は作らないと伝えた。去年の11月のことだ。
「砲丸は私の分身です。とても中国には出せない。大事に使ってくれる選手には申し訳ないが、職人としての意地があります」
五輪の砲丸は、審査を経て認められた数社の製品が公式球となり、選手は競技場でその中から使用球を選ぶ。アテネでは、決勝に残った8選手中7人が辻谷さんの砲丸を選択した。他の砲丸はインド製がかろうじて4位に入っただけだ。
世界のトップ選手が「1〜2メートルは記録が伸びる」と評価する「魔法の砲丸」の辞退で、北京五輪の優勝記録が少なくとも1メートルは短くなるとの予測もある。
なぜ伸びるのか。「ローテクだから」と辻谷さんは言う。砲丸は鋳物の素材を旋盤で削って作る。男子用の基準は重さ7・26キロ。それより軽いものは認められない。誤差は+25グラムまで。外国メーカーはコンピューター制御のNC旋盤という機械を使い、基準の重さで球体に近づけていく。
ところが、鋳物には鉄だけでなく、青銅や銅、その他の不純物が混じり、冷却時に残る空気のムラもある。完璧(かんぺき)な球体だと重心が真ん中から大きく外れてしまうのだ。辻谷さんが使う汎用旋盤はハンドルで前後左右に刃を移動させながら削る。最先端のNC旋盤より手動のローテク旋盤が優れているのは、比重のムラを見極め、右側の半球を薄めに、左は少し厚く…といった応用が利くことだ。
調節しながら重心を真ん中に持っていく。
では、その比重のムラはどのように見極めるのか。「3つの要素の組み合わせです」と辻谷さんは言う。世界最強のローテクを支える3つの秘密とは何か。もう少し、辻谷さんの仕事に迫っていこう。
◇
五輪開催を控えた中国はいま、大気汚染や有毒ギョーザからチベット騒乱まで、あらゆる矛盾が噴き出した観がある。いち早く「たった1人の五輪ボイコット」を決めた辻谷さんの判断は、21世紀の日本の針路を考えるうえでも示唆的だ。日本はだめなのか。昨年の長期連載「やばいぞ日本」で、産経新聞取材班は、戦後日本の繁栄を支えてきたシステムの劣化をあらゆる場面で目撃した。その一方で、決してだめではない強さ、すごみが秘められていることも痛感した。
たとえば、砲丸だけでなく、F1レースや自転車の国際競技で使われる車輪、W杯と五輪サッカーの公式球など、円形や球体を作る技術は傑出した技量で世界を制覇している。この技術を支えるものは何か。世界に翻弄(ほんろう)され続ける通貨とは対照的な、もう一つの「円と球」の物語から、新しい連載を始めたい。
-- -- -- -- --
砲丸が消えた! 比重にムラのある鉄の塊を削って砲丸を作り、真ん中にぴたりと重心をあわせる。辻谷政久さん(75)の神業の秘密は何か。埼玉県富士見市にある辻谷工業の作業場で汎用旋盤に向かう辻谷さんに聞いた。
「音と光沢、それに手応えの3つです」
仕事の手を休め、辻谷さんが説明する。不純物の混じる鋳物の重さを外から確かめることはできない。だが、重いところは削るときの音が高い。逆に軽いところは低い。硬い部分の表面は光り、軟らかい部分は鈍い。そして何よりも重要なのは旋盤の2つのハンドルから手に伝わる感触だ。
「お豆腐を切ると、包丁の重さだけですっと切れるでしょ。でもカボチャは力を入れないと切れない。あれと同じですよ」
競技用の砲丸の素材は9キロほどの鋳物の塊だ。これを旋盤で削り、7.26キロの球体に仕上げていく。
「一度に100個作ります。14工程あるので1週間かかりますね」
大切なのは後半の仕上げの工程だ。耳と目と手の感触を総動員して微妙な比重の違いを見分けながら表面を薄く削っていく。研究を重ね、川口の鋳物工場でも体験的に働かせてもらってようやく身につけた技術である。「教えてもほかの人にはできません。経験で覚えなければ」という。
辻谷さんの砲丸が最初に採用された五輪は1988年のソウルだった。外国の砲丸は表面に色を塗ってある。辻谷さんの砲丸は素材のままだ。五輪後、競技ビデオを買って確かめたら、辻谷さんの砲丸を投げた選手は一人もいなかった。
外国製の砲丸を取り寄せて2つに割り、中を調べると、空洞があったり、鉛を詰めたりして重さを調節していることが分かった。辻谷さんのように旋盤で削るだけでぴたりと基準の重さにあわせ、しかも重心を真ん中に持って行くといった芸当はできないのだ。
表面に色を塗るのは、割った跡の継ぎ目が見えないようにするためでもあるのだが、選手は見た目がきれいな方を選ぶ。どうしたら使ってもらえるか。辻谷さんは指紋にヒントを得て表面に細い筋を入れ、92年のバルセロナに臨んだ。
五輪では同じ砲丸を32個納入し、競技用に16個、サブグラウンドの練習用に16個が配置される。バルセロナ五輪では、開会式までにその練習用の16個が全部なくなってしまった。
このため、追加注文があり、あわてて16個を送ったが、その16個も大会終了時にはなくなっていた。スジ入りの砲丸を試し投げした選手が「これはいい」と持ち帰ってしまったのだ。
バルセロナで、辻谷さんの砲丸は銀メダルを1つ獲得した。だが、それよりも大事なことは追加注文をあわせ32個の砲丸が選手を通じてひそかに持ち出されたことだ。辻谷さんもまた「これはいい」と思った。
次のアトランタ五輪まで4年、世界に放たれたスジ入りの砲丸は有力選手の間で必ず評判になる。五輪3連覇の偉業が始まる瞬間だった。
-- -- -- -- --
失敗を恐れるな
アトランタ五輪8日目の1996年7月26日夜(日本時間27日午前)、陸上男子砲丸投げの決勝に注目していた日本人は、皆無とはいわないまでも極めて少なかっただろう。日本ではそのほぼ同時刻、たくさんの人がテレビの前で呆然(ぼうぜん)としていた。
辻谷政久さん(75)の砲丸が五輪で初めて金銀銅3メダル独占の快挙を果たしたのは、柔道女子48キロ級決勝で田村亮子選手が北朝鮮のケー・スンヒ選手に敗れたのと同じ日の同じ時間帯だった。歴史は誰もが気付かないうちに、そっと歯車を回すこともある。
男子砲丸投げ決勝は、5投目まで6位だった米国のランディ・バーンズ選手が最終6投目で逆転優勝する劇的な展開だったが、辻谷さんにとっては、決勝を待つまでもなく、勝負は決していた。8人の決勝進出者全員が辻谷さんの砲丸を使っていたからだ。
バルセロナの五輪会場から32個の砲丸が姿を消して4年、おそるべき口コミの成果だった。ただし、辻谷さん自身はまだ、「集団心理ということもある。偶然かもしれない」と半信半疑だった。最初の選手につられて、他の選手も何となく表面にスジの入った砲丸を選んでしまったということもありうる。
「次のシドニー五輪でもメダルを独占し、初めて認められたという実感を持った。我々が作るモノは、選手に認めてもらって初めて一級品。自分だけがいいと言ってもだめですから」
ユーザーにとって価値がなければ意味がない。それこそが日本の町工場のおやじを支える誇りである。
2大会の独占は思わぬ波紋を広げた。砲丸の表面のスジが2004年のアテネ五輪から禁止されたのだ。辻谷さんは米国の働きかけがあったのではないかと考えている。
禁止決定の前に米国メーカーから高額の報酬で技術指導に来てほしいと非公式に打診され、1カ月悩んで断っていたからだ。「世界の砲丸は私だけで作ったのではない」という思いがある。川口の鋳物工場の社長は試作段階で「そこまで研究しているのなら協力しよう。料金は完成した分だけでいい」と、失敗した分の材料費は取らなかった。
日本は5年、10年と時間をかけて築いた技術を外国に教え、その結果、技術を盗まれて困っている中小企業が数多くある。そんな現実も見ていた。
スジが禁止されても辻谷さんは動じなかった。本当の秘密は、重心を球体の中心に限りなく近づける技術にあるからだ。技術の精度を上げ、アテネで3度目のメダル独占を果たした。
五輪の砲丸は一度に100個作り、32個を大会用に送る。手元には68個の在庫が残る。辻谷さんがこれまで講演を行った全国の約20の工業高校にはその砲丸が置かれている。「魔法の砲丸」の技術を高校生に伝えるのは無理だとしても、実物があれば夢や誇りは伝わる。辻谷さんは「モノを作ると必ず失敗がある。でも失敗を恐れないでください」と声をかけるのを忘れない。
- 2008/04/08(火) 06:00:17|
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【すごいぞ日本】 F1支えるホイール 北陸・富山空港のロビーにはホタルイカの沖漬けや白エビなど富山の名産品とともに、自動車レースの最高峰、フォーミュラワン(F1)のホイール(車輪)が飾られている。民間調査機関「イニシアチブ・スポーツ・フィーチャーズ」が発表した2007年度テレビ最高視聴率によると、米プロフットボール、NFLの王座決定戦、スーパーボウルを抑え、瞬間視聴率で世界一に輝いたのは「F1ブラジルGP最終戦」だった。その世界スポーツの王、F1が、なんで富山なのか。
「あまりご存じないのかもしれませんが、これが町工場の技術力なんです」
ワシマイヤー社の谷川章副社長が説明する。富山県高岡市郊外にある従業員250人余りの小さな企業。もとは繊維機械用のビーム(糸巻き機)を製造していた。だが、国内繊維産業の衰退の中で1980年代には転身を迫られ、ビーム製造で培った鍛造技術の応用分野を探した。
「車の大事な足回りが鋳物だったとは意外でした。鋳造と鍛造の違いは、簡単に言えば、鍋や釜と日本刀や航空機の車輪を支える脚の差です」
自動車の車輪は金属を圧縮して作る。鋳物は1平方センチに500グラムの圧力しかかけないので、無数の空気孔ができてもろい。鍛造は4トン以上を加圧する。その分、強度が均一化され、見た目は同じでも信頼性、安全性には格段の差がある。
自動車の車輪が鋳物で作られていることを知って、同社経営陣は「そんなもろいもので」と驚き、同時に大きなビジネスチャンスをつかむ思いだった。
問題はビームの何倍もの圧力が必要な車輪用の鍛造技術をどうするか。「北陸の貧乏会社なので最初から大きなプレス機があったわけじゃない」と谷川副社長はいう。秘密兵器はセクション鍛造だった。
同社創業者の小野光太郎会長が若いころ電車でハイヒールの女性に足を踏まれた。「痛い!」と思ったとたんにひらめいた。つま先で踏まれても痛くないのに、かかとで踏まれるとどうして痛いのか。それをヒントにして、狭い1点に集中し何度も圧力をかけるのがセクション鍛造法だ。その技術にさらに改良と工夫を重ね、現在は機械にかける「密閉型鍛造方案」が同社の技術を支えている。
「他社のは圧縮時にどうしても金属がこぼれ出る。ウチは完全に密閉でき、圧縮にムラがないので密度も均一性も違います」
技術で産業構造の変化を乗り切ったワシマイヤー社は92年からフェラーリ、94年からベネトンなどF1の強豪チームにホイールを供給するようになり、一気に有名になった。ベネトンなどは逆に、ワシマイヤー社のホイールを使ったから強豪の仲間入りを果たしたと言われたほどだ。
F1では以来、昨年までの14年間で9度の優勝。今年もフェラーリ、トヨタ、ホンダなど5チームに供給している。
ワシマイヤー社の車輪はなぜ強いのか。さらに秘密をさぐっていこう。
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強さの秘密は密閉力 F1の車輪は2つの相反する課題のせめぎ合いである。強度と重量。サーキットの疾走速度は時速300キロを超える。もろければ、その高速に耐えられない。だが、強度を重視して足元が重くなれば、超高速そのものが実現できない。
レーシングカーの車輪製造で世界の先端を行く富山県高岡市のワシマイヤー社は、高度の鍛造技術で、より強く、より軽くの奇跡に挑み続けてきた。不可能を可能にしたのは、前回も書いた「密閉力」だろう。
その密閉力が、鉄よりもはるかに軽いアルミニウムで1ピースプレス加工を実現させた。ボルトで組み合わせることなく、独特のメッシュ状のデザインを1枚の円盤状に鍛造していく方法である。強度に問題があるアルミニウムも密閉され、高い密度を保つことで強さを身につける。
ワシマイヤー社はさらにマグネシウム鍛造にも挑戦した。あのモロモロと崩れそうなマグネシウムで車輪を作る。
ワシマイヤー社が開発するまで、「まさか、そんな」と業界では相手にされなかったマグネシウム車輪はいまや、F1だけでなくインディ、ルマンなど世界の主要レースの栄冠を独占する勢いだ。
高岡市の工場には金型が積んであった。この金型で素材を挟み高性能プレス機にかけ圧縮する。写真を撮ろうとすると、谷川章副社長が「これだけはダメです」とあわてて飛んできた。金型の構造こそが密閉力を生み出す秘中の秘なのだ。
同社の製品はドイツの大手車輪メーカー、BBS社を通じ、世界に供給されている。レース用だけではない。ベントレー、アストンマーチン(英国)、ポルシェ(独)、レクサス、クラウン(トヨタ)などの名だたる高級車もワシマイヤー社の車輪を使っている。
日本BBS社の広報企画担当、山口弘美さんによると、F1で使われている車輪はワシマイヤー社製だけではない。だが、「スポンサー参画のかたちで無償納入するところが多いのですが、ウチはフェラーリでもどこでも、すべてお金を頂いています」という。
ただで使えるというオファーがあっても、強豪チームはあえて高額の車輪を選ぶ。その事実こそが北陸の町工場の技術陣を支える最も大きな勲章なのだ。
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車輪という円の機能を追求する技術。この分野は自転車競技でも日本が際立っている。
「急いでホイール(車輪)セット30本を出荷してほしい」
堺市の自転車部品メーカー「シマノ」に緊急の国際電話がかかってきたのは3月上旬のことだ。フランスのロードレースチームからの発注だった。
ロードレースのプロチームは欧州を中心に世界で21チーム。うち7チームがシマノのホイールを採用している。
北京五輪でも多数の選手が新開発の同社ホイールを使い、いずれはその車輪が世界標準になる。電話を受けたアクションスポーツ事業部の倉本圭介係長(42)は、一段とそうした確信を強めた。
- 2008/04/07(月) 06:00:11|
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理系のための番組 業界人の根深い思い込み
〜竹内薫の科学・時事放談 より〜
私が解説を担当している「たけしのコマネチ大学数学科」(フジテレビ系、木曜深夜)という数学エンターテインメント番組が3年目のシーズンを迎えた。当初はワンクールで打ち切りだとみんなが思っていたようだが、あれよあれよという間に月日が過ぎ、去年の11月には国際エミー賞の最終ノミネートに残り、海外から企画を買いたい、という打診まで来るようになった。先月は、とうとう、主役のマス北野こと北野武が日本数学会出版賞という学術的に価値の高い賞を受賞。世界のテレビ界と日本の数学界からお墨付きを得ることとなった。視聴率をみても、深夜帯では異例の4%や5%という数字を記録することもあり、視聴者の支持もきちんと得ているようだ。4月中旬には待望のDVDまで発売されることになった。
とはいえ、いいことばかりではない。新シーズンに入るや否や、これまでよりも厳しい収録スケジュールとなり、出演者もスタッフも体力ギリギリで踏ん張っているような状況なのだ。深夜帯なので、なかなか有力なスポンサーも見つからず、制作費を極限まで切り詰めないと番組が続行できない。こうなると、出演者とスタッフの情熱、そして、視聴者の応援だけが、日本唯一の数学エンターテインメント番組の命運を握ることになる。
実をいえば、民放には正面切って数学や科学を扱う番組はほとんどない。この一番の原因は、テレビ業界で編成や制作に携わる人に理系出身者がほとんどいないことだろう。人間誰しも自分を基準に世界を計ろうとする。自分が苦手な科学の話なんて「誰も見ない」と考えたとしても不思議はない(新聞には科学部があるから、ちゃんと理系の情報を分析できる人材がいる。なぜ、新聞にはできて、テレビにはできないのか不思議である)。
だが、あまりに人材の出身分野が偏っていると、判断を誤ることも多くなるにちがいない。視聴者はみんな、本当に「科学なんていらない」と考えているのだろうか。もし、それが本当だとしたら、「たけしのコマネチ大学数学科」が長寿番組になることなどありえない。この番組は、いわゆる業界人の根深い思い込みに対するアンチテーゼなのだ。
最近、番組でやった問題をご紹介しよう。「正三角形を切り分けて、並べ替えて、正方形をつくってください」。一見、簡単そうな問題だが、伝説のパズル王ヘンリー・アーネスト・デュードニーが考えた問題で、1905年には英王立協会に招かれて解答を披露しているくらいだから、相当手ごわい。実際、私は番組のための解説を考えるため、自力で解こうとして、徹夜をしたが完全な解答には到達できなかった。そこで、番組ではヒントを用意して解いてもらったのだが、出演者たちは、文字どおり「知恵を振り絞って」解答に近づいていった。ここには純粋な知的楽しみがあり、不思議な爽快(そうかい)感がある。
え? 問題の答えを教えろ? 申し訳ない。意地悪なようだが、数学や科学の醍醐(だいご)味は、考える過程にこそある。1カ月以内には放送されると思いますので、どうか、それまでじっくりと考えてみてください!
- 2008/04/06(日) 06:00:55|
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不患人之不己知 患不知人也人の己を知らざるを患(うれ)えず、人の知らざるを患う
「論語」の学而編から。
他人から認められないと悲観する必要はない。
人から、自分で思っているような評価を得ないのは、
自分が他人の実力を分かっていないからだ。
まず、そうした自分を責めるべきだという意味。
- 2008/04/05(土) 20:47:42|
- 幸福になりたい
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