齋藤孝の「3分間」アカデミー
これぞ究極の“ビジネスライブ” 「ワーキンググループ」活用法NHK教育テレビに『にほんごであそぼ』という子ども向けの番組がある。もうかなりの長寿番組だ。その開始当初から、私は監修者として携わっている。スタッフの方々とのつきあいもずいぶん長い。
先日、この番組の企画会議が開かれたときのこと。2〜3時間にわたって知恵を出し合った後、そのまま全員で食事に出かけることになった。その食事に要した時間が、ざっと4時間。それでも感覚としてはあっという間だった。
“狩り”の快感を知っているか
特別なイベントがあったわけではない。今さら親睦を深めるといった間柄でもないし、局内では話せないような“別件”があったわけでもない。確かにお酒も飲んだが、メインはあくまでも「食事」のはずだった。
では4時間にわたって何をしていたのかといえば、企画会議の延長戦だ。会議室の2〜3時間では飽き足らず、延々とアイデアの出し合いを繰り広げたのである。もちろん強制ではない。誰かがふときっかけをつくったとたん、他の全員からとめどなくアイデアが噴出するようになったのだ。
オフィシャルではないし、気心の知れた仲間内だし、アルコールの勢いもあって、冗談半分に大胆な提案ができる。そのまま一笑に付されて消えていくアイデアもあるが、掛け合い漫才のように複数のアイデアが積み重なり、「実現したらおもしろそうだ」という具体的な企画にまで昇華するものも少なくなかった。
実はこの番組の企画会議は、毎回こういう感じである。顔を突き合わせたまま、時間を忘れて番組の話ばかりしている。もちろん苦痛ではなく、むしろ楽しみですらある。
プライベートな仲間と飲むのもいいし、仕事仲間とグチをこぼし合うのも悪くはない。だが、仕事仲間と仕事の話で盛り上がる快感に勝るものはない。それはちょうど、“狩り”に出かけるようなものだからだ。
世の中という“狩猟場”から、直感と経験を頼りに“獲物”を探し出し、いざ見つけたら全員で取り囲んで“モノ”にしていく。そんな“野性の王国”的なライブの興奮と醍醐味がそこにはある。しかも、その成果が大きければ大きいほど、快感は倍増する。
あるいは獲物を得られなかったとしても、「そこを掘り下げても何もない」「この部分はもう少し調べれば何とかなるかも」といった経験知を全員で共有することになる。これも、その場にいた者しか得られない大きな財産だ。
やや大げさにいえば、こういう時間を過ごすことこそ、働く喜びというものではないだろうか。組織の一員として、多くの仲間とともに働くビジネスパーソンの最大の特権であるとさえ思っている。
なぜ会議の空気は重いのか
ところが、概して会社の会議というと、重たい空気に包まれることが少なくない。発言するのは一部だけで、他の多くのメンバーは押し黙ったまま。最初から銛(もり)も弓も持とうとせず、自粛しているのである。
私が思うに、これはメンバーの資質の問題ではない。多くの場合、空気を重くしている誰か(主に上司)の問題だ。1人で一方的に話したり、部下の反論に露骨にイヤな顔をしたりする。「最近の若者は元気がない」と嘆く中高年層は多いが、そういう人こそ、実は若者の元気を奪っている張本人だったりするのである。これでは、会議が沈痛なままでも仕方がない。
私は『にほんごであそぼ』に限らず、さまざまな会社や学会などの会議に参加する機会がある。それまでおおいに盛り上がっていた会議が、途中で1人が加わったとたんに冷えたり、逆に冷え込んでいた会議が、1人が抜けることで“雪解け”のように活性化する例を何度となく見てきた。私自身はどういうメンバーが集まろうとさして気にしないが、同じ組織の人間関係や上下関係が複雑に絡むと、必要以上に自粛ないし萎縮してしまうものらしい。
もちろん、そんな時間がおもしろいはずがない。上司にとっても、参加メンバーが「のれんに腕押し」では会議を開く意味がない。あるいは会社としても、貴重な人材がこうして時間を浪費することに、何らメリットはない。つまり、誰にとっても一文の得にもならないわけだ。 「そんな会議なら止めてしまえばいい」とは誰もが思うことだが、会社にはそれぞれ文化や慣習やルールがあるため、そう簡単にはいかない。まして部下から上司に対して進言すれば、ますます角が立つおそれがある。
“野性の王国”を自分でつくれ
そこで提案したいのが、「ワーキンググループ」の活用だ。“本会議”で議論すべきテーマについて、参加メンバーのうちの何人かが集まり、事前に大筋を決めたり、事後に細部を詰めたりするのである。
要は、自ら議論しやすい環境を整え、前述したような“野性の王国”をつくろうというわけだ。これは非公式でもいいし、「全員が集まるのは時間と労力がもったいないから」といった恩きせがましい理由をつけて上司に認めさせてもよい。
だいたい会議というものは、本格的かつ大人数になるほど、承認機能のほうが重要になる。したがって丁々発止のクリエイティブな議論には向かない。それを小回りのきくワーキンググループで補完すると考えれば分かりやすいし、上司も説得しやすいはずだ。
ただ重要なのは、その人選だ。メンバー次第で、有効に機能することもあれば不発に終わることもある。「重石」になっているような人を単に除外するだけではなく、直感力に優れた人、かつそのまま飲みに行っても仕事の話で盛り上がれそうな人だけで集まることがポイントだ。仲良しグループではなく、あくまでも効率的にワーク(作業)するためのチームなのだから、これは当然だろう。
ここでアイデアがまとまれば、それを“本会議”に叩き台として提出すればよい。叩き台だから、多少荒削りでも大胆でもかまわない。少なくともノーアイデアで自粛しているより有効だし、ライブのアグレッシブな醍醐味も堪能できるはずだ。
- 2008/05/29(木) 07:30:10|
- 会社、仕事
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